血の葬送曲 (角川文庫)

  • KADOKAWA (2021年4月23日発売)
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感想 : 16
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極寒の地で、線路上に5つの死体が並べられていた。
ロッセル警部補は、捜査を進めていくなかで、これらの死体と自分が無縁でないことに気づいていく——。

正直言って、難解な小説です。
ベリヤやショスタコーヴィチといった実在の人物が登場しますので、彼らがどういう人物なのか多少知っていれば少しは読みやすくなると思いますし、人民警察とMGBの関係などの知識があれば、なお良いでしょう。
それでも、独特の言い回しをそのまま日本語訳していることもあって、すらすら読み進めるのはなかなか大変です。
翻訳に関して言えば、もっと自然な日本語にしてほしいと思う一方で、こういう内容なのでそれも難しかっただろうと推測します(ところで、翻訳者はこれまで女性向け海外恋愛小説を多く翻訳されてきたようですが、そのようなジャンルではこのような翻訳調の言い回しが良しとされるのでしょうか…?)。

一部誤訳が見られるのは、残念でした。
例えば、123ページに、主人公のロッセルが学生時代の友人について冗談まじりにこう語る場面があります。

「もう何年も会っていない。〔…〕いま頃は〔…〕魅力的な司祭の妻の誘いに抗えず、ペルミ東部のどこかで岩を砕いてでもいるんじゃないのか」

私は最初、司祭の妻と関係をもったために採石場で強制労働に処されている、という冗談がなぜ冗談として成立するのか理解できませんでした。
無神教が猛威をふるっていたソヴィエトでは司祭の地位は特権的ではなくなっていました。また、正教会では司祭で妻帯が認められるのは在俗司祭のみ、しかも輔祭叙聖前に限られます。それを踏まえてもなお、先の台詞は理解できません。
なので、原文を確認してみました。
すると、「司祭の妻」にあたる箇所は「minister's wife」、つまり「大臣の妻」だったのです。
「大臣の妻と関係をもったから強制労働」という、なんてことない台詞だったわけです。

また、372ページ以降「文化人民副委員長」なる役職が出てきます(原文では「Deputy Kommissar for Culture」あるいは「Deputy Cultural Kommissar」)。
ソヴィエトの文脈で「Kommissar」は「委員長」ではなく「委員」です(例えば第二次大戦中のモロトフは外務人民委員、ベリヤは内務人民委員)。
したがって、「Deputy Kommissar」は「副委員長」ではなく「委員代理」と訳すべきです。
ソヴィエトの事情を多少知っている人がこの小説を読むと、こういう細かいところが気になってしまいます。

ソヴィエト事情の話ついでにもう一点だけ。
123ページに「国防省」なるものが出てきます。しかし、ソ連で国防省が設置されるのは1953年なので、51年を舞台とするこの小説で「国防省」が出てくるのはおかしいです(51年の時点で存在したのは軍事省)。
これは、翻訳の問題ではなく、原著の問題ですが。

気づいた点はまだありますが、長くなりますのでこれくらいにしておきます。
とにかく、ソヴィエトの事情を知らないと読み進めるのが大変で、知っていたら今度はこういう細かいところに引っかかってしまって進まない、という小説でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年12月31日
読了日 : 2021年6月30日
本棚登録日 : 2021年5月15日

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