しばらく前に映画館で観た。
『きみの鳥はうたえる』ですばらしい才能を見せた三宅唱監督の新たな作品が実現したことを祝福したい気持ちで足を運んだ。もう一度観るつもりだ。
耳の聞こえない女性プロボクサー、小河恵子を主人公にした映画だ。音のない世界にひとり立ち闘い続ける彼女と、その家族、荒川の小さなボクシングジムに集まる人たちなどとの交流、または非交流をみずみずしく描いている。
この作品は、耳の聞こえない恵子が主人公のため、ときおり字幕が入るのだが、これはおそらく、彼女を通して、無声映画へのオマージュにもなっていると思った。
また、意図的に字幕が省かれているシーンもあり、私たちはその意味を求めて、映像を食い入るように見つめることになる。
三宅監督の作品は、なにげない場面でもっとも胸にぐっと迫ってくるのが特徴だと感じるのは自分だけか。岸井ゆきのの好演技(どれだけ撮影前に準備したかがよくわかる)だけが理由ではないだろう。演出の妙である。
そして映像。すでに観た人はいくらか違和感を覚えたかもしれないが本作は16ミリフィルムで撮られている。
だからわりと画面が粗く、光の細かな粒子が飛んでいるかのように見える。これがほんとに効果的で、現実はつるんとしたものではなかったのだ、ということを思い出させられ、同時に懐かしくもなった。
ちょっとセンチメンタルな解釈をすると、人はつねに独りだし(本作でもそのようなことを恵子が言うシーンが出てくる)、何もそれは必ずしもネガティヴなことではない、とその流動する粒子が語っているようだった。
恵子は多くは語らないが、孤独を強さ/弱さで語ることは、おそらく間違っているのだとわかっている。おそらく彼女の迷いは、別のところにある。
そう、強さと弱さという言葉では決して名指せないことが、本作では描かれていた。
もうほんとに泣きそうになったのは、夜、鉄橋の下を恵子がただ通り抜けるシーンだ。
ちょうど、鉄橋の上を列車が通過する。その車内灯が、枕木の、そして鉄橋の隙間を回折し、鉄橋の下をまるでフラッシュをたいたかのようにくりかえし彼女のシルエットを照らす。
すげえ、と思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
- 感想投稿日 : 2023年8月11日
- 読了日 : 2023年8月11日
- 本棚登録日 : 2023年8月11日
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