沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

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本棚登録 : 1943
レビュー : 231
著者 :
quatorzeさん 913: 小説. 物語   読み終わった 

ぬかどこから始まる命と愛の物語。

さあ、困った、という小説だった。梨木香歩の小説は、『西の魔女が死んだ』はまだすっと入りやすいけれど、『裏庭』『家守奇譚』みたいに、物語を掴んでうまく入れるまで時間がかかるものがある。現実(今)と不思議(とか昔とか)の層が混ざってしまっているのが理由。小説を読みなれていない人が挑戦したら挫折しそうな、何重構造。それが梨木香歩の魅力でもあるけれど。

今回も戸惑った。特に三回挟まれている「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」は。これを解釈して正解を出すことはナンセンスだな、と最後まで読んで思った。これが未来なのか過去なのか別次元なのか、考えてもわからない。本編(久美の話)とどんなつながりがあるのか、考えてもわからない。でも、イメージは浮かぶ。とても繊細な絵。

最初はジェンダー的な話かと思った。そういう解釈をしてもいいかもしれない。でも違う。男がどうだとか、女がどうだとか、性とか命とか愛とか、なんだかそういう現実世界のぐだぐだしたものを超えたところに結末が行ってしまったので、ジェンダー的視点で読もうとするとぽかーんとしてしまう。とにかく不思議だ。単純な「命の大切さ」を訴える話とも言えない。命はかけがえのないもの、そんなことは導けない。むしろ、「私」というものが揺らいでいく話。

他の誰とも違う「私」は、なぜ「私」なのか。そもそも「私」なのか。私は「私」をすべてコントロールしているのか。私はどこから「私」なのか。ルーツとか自分探しとか、アイデンティティを考える時期があるけれど、本当は、誰も確信を持って「私」なんてつかめていないのではないかと思う。揺らぎない「私」のふりをしているだけで。

絵本で『ぼくのニセモノをつくるには』というのがあるけれど、自分を定義するには、かなり細かい情報が色々あって、でも、それをすべて並べたとしてもまだ「自分」を作ることはできない、そう思いたいのだ。私がどこかの「私」のコピーだなんて、思いたくないけど、「私」がここにしかいない、唯一絶対のもの、自分で作り上げた「私」でしかない、という証明はできない。ただ証拠もなく、私は唯一絶対の「私」なんだ、と信じていくしかない。だって、それを突き詰めようとしたら、受け止めきれない。だから、この小説も消化しきれなかった。

消化しきれないことが、この小説の魅力だと、今は思う。歳をとって、結婚したり、子どもを持ったりして、自分の状況が変わればまた違う感想が生まれてきそうなので、いつかまた読みたい。

レビュー投稿日
2015年5月31日
読了日
2015年5月24日
本棚登録日
2015年5月31日
3
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