この物語は、東京大学に通う主人公である「僕」が、同じく東京大学に通い、同じ上条という下宿先に間借りしている「岡田」と「末造」という高利貸しの妾として不本意に無縁坂の一軒家に住む「お玉」の切ない悲恋を語っている物語です。この物語を読み、印象的であったことが二つあります。
一つ目は、語り手に、恋愛をしている当事者である「岡田」や「お玉」ではなく、あえて第三者である「僕」を選んでいる点です。前半は「僕」が見聞きしたことついて語られ、後半はのちに知り合った「お玉」から聞いたことについて語られています。ですが、本作ではそれだけでは「僕」が知りえない「末造」や未造の妻である「お常」の心情も事細かに描写されています。語り手をあえて「岡田」や「お玉」にしなかったことから、その他の登場人物の心情描写を表しやすくしているように考えられ、よく作りこまれていると感じました。
二つ目は、運命的な出会いを果たし、互いに恋に落ちて結ばれるように読者に期待感を持たせておきながら、「鯖の味噌煮」と「雁」の不運が重なってしまい、「僕」と「石原」の邪魔が入ってしまったために「お玉」が「岡田」に声をかけられなかったことから、「岡田」と「お玉」はお互いに気持ちを伝えずに疎遠になり、悲恋してしまう最後の場面です。特にこの物語のタイトルにもなっていて、「石原」に不忍池で撃ち落とされた「雁」が恋にやぶれてしまった「お玉」を比喩しているように考えられ、とても切なく感じました。また、この場面は読んでいてとても悲しい気分になりますが、このシーンがあるからこそこの物語は読んだ後に読者の印象に強く残り、何年たっても不朽の名作であるのではないかと改めて考えさせられました。
これらの二つが特に印象的であり、最後のシーンは読んだ後でも何度も思い出すくらいにとても衝撃的でした。結局「岡田」と「お玉」が結ばれることはありませんでしたが、とてもピュアな切ない恋愛が描かれている明治時代のラブストーリーであり、読んでみて良かったです。
- 感想投稿日 : 2020年10月26日
- 読了日 : 2020年10月26日
- 本棚登録日 : 2020年10月26日
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