夢十夜

  • 青空文庫 (1997年12月16日発売)
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感想 : 17
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自分はオムニバス形式の話が大変好きなため、この作品を久方ぶりに読み返してみようと思い読み進めたが、やはり漱石の描写の美しさには溜息が漏れる。漏れ出るような景色の美しさが目に浮かぶようだ。緻密で繊細で、心情を表す描写の細やかさには毎度のことながら脱帽である。
夢十夜は、「こんな夢を見た」という書き出しから始まるのが良い。「夢」というのを先に記すことによって、その後に続く出来事の美しさや虚脱感などの感情がより露わにされている。十話収録されている短編集だが、その中に含まれる虚脱感を後味とする作品たちはこの「こんな夢を見た」という書き出しによってよりその後味が深められている。また、朧げな結末を結ぶ作品においてもこの「こんな夢を見た」という書き出しはスタートから美しく、終わりの柔らかさや描写に磨きがかかっているように感じる。
自分は中でも第一夜と第七夜が特段好きだ。第一夜は真珠で穴を掘り、星の欠片を墓の標とするのがこれまた美しい。星の欠片を墓の標とした男に対し、「百合」になって再び巡り合うというシチュエーションの耽美さ、夜明けの柔らかさには本当に溜息が漏れる。その表現の美しさ、切り取る憧憬の美しさが私を虜にするもので、以前読んだ時もこの話が一等好きだと感じていた。また、第四夜のどこか怪談じみた、薄暗さのあるオチも面白い。第七夜の水底に落ちていくまでのさま、海上で星を眺める行為そのものが好きだ。「無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。」という終わりを結んでいるのも良く、満ち足りた終わりではないところが第一夜の悟りと対照的で惹かれるものがある。自分も夜に船へ乗り空を眺めたことがあるが、どこを進んでいるか分からない感覚は強く理解できるものだ。このまま落ちても誰も気づかない、といったある種の恐怖を思い起こし、この男を隣人のように感じてしまうものであった。
総じて素晴らしい作品であり、今後再び読み返してみようと考えている。読み易く、漱石の他の作品も改めて読んでみたいと思う切っ掛けになる作品だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年7月18日
読了日 : -
本棚登録日 : 2024年7月1日

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