不思議な物語は好きなほうだが、これほど突き抜けたお話は初めてだ。

 自意識や存在とは何かを問いかけてくる。主人公の彼は、いったい何者で、何人いるんだ?自分が自分であることは何をもって証明できるんだ?証明しなければいけないのか?昨日の俺は自分自身だと思っているが、その経験はすでに単なる記憶だ。記憶は共有できるのか?じゃあ、俺は誰?
 さらにバーチャルなネット空間が絡めばどうなる。存在の軽さと、重さがマヒするテーマでではある。

2019年9月4日

読書状況 読み終わった [2019年9月4日]

 『とにかくお薦めです』の手書きのポップに魅せられ、読んでみると、確かに面白かった。
 誠実に市民生活を送っている主人公は、墜落した飛行機の中に大金を発見し、ともに発見者となった兄と、その親友と山分けすることにする。犯罪に係わるその大金をわがものとするために計画を立てる。時が過ぎ、ほとぼりが冷めるのを待つだけというシンプルなプランを立てるが、計画はほころびを見せ、そのたびに修正を加えていく。誠実な市民だったはずの主人公とその妻は計画修正のたびに、残虐性を見せ、堕ちていく。
 特別残酷な描写があるわけではないが、読み続けるのがつらくて、目を逸らせる。主人公の行動が、目をそむけたくなる程、汚れていくからだ。人は恐ろしい。
 結末はあっさりした感はあるが、十分山場を持って事件は閉じていく。

2019年8月5日

読書状況 読み終わった [2019年8月5日]

 知性について書いたというのが、本書。
 知性とは、『勝つこと』、『勝ちに行くこと』ではなく、『負けない』ための力と論理は展開される。著者独自の論点で展開される『理屈』は、かなり入り組んでいる。強い人は反発を覚えるかもしれないが、社会の傍系を歩いている自覚のある僕には、なんの抵抗もなく受け入れられる。
 注意深く、著者の言わんとすることをすくい取り、咀嚼しようとするため、頭の中の一部で小型モーターが高速回転しているような、ちょっと変わった読書感覚でした。

2019年7月18日

読書状況 読み終わった [2019年7月18日]

 主要な登場人物は4人。各々のモノローグが章を構成し、ストーリーは展開する。その上に3部の構成があり、ストーリーは展開していく。
 第1部は主要登場人物の男が、酔った勢いで、浮気をした妻を殺してやりたいと漏らすところから始まり、各登場人物の生来、そして殺人事件が起こるところまで、少し長目に語られる。
 第2部に入ると、殺人事件をきっかけに加速がついてがストーリーが走りだす。想像を裏切る展開で、どうなるのか気になり、先を読み急がせる。
 第3部に入り、このまま終わるわけが無いと思っているが、どう展開するのか?少しドキドキしながら読み進める。
 想像を裏切る展開、意外な人物設定、スピード感のある展開・・・。面白かった。今年のナンバーワンを読んだように思う。

2019年7月7日

読書状況 読み終わった [2019年7月7日]

 こんな悲しい物語は、できれば読みたくない。ラストに用意されている薄い光明では、沈んだ心は十分に晴れない。
 主人公が出会う悲しみに満ちたエピソードには常にやりきれなさがつきまとう。エピソードの向こう側に階級社会の影が強く見えるからだ。やりきれない出来事の連続の中にも、温かみを感じる人々が主人公に手を差し伸べる。固定された階級社会の中で生きていく時、救いになるのは社会制度ではなく、市井の人々の暖かさだけなのか。
 映画『万引き家族』を観た時と同じような感覚だ。

2019年7月1日

読書状況 読み終わった [2019年7月1日]

 死と直面した生を書きっている。
 作者は死を書いているのか、生を書こうとしているのか、僕は死を読んでいるのか生を読み解こうとしているのか、よくわからない。ただ、死に直面した生の緊迫感は伝わってくる。ゴールドラッシュの時代の男たちの命の感覚も伝わってくる。ストーリーに余計な寄り道がなく、短編でしか味わえない疾走感を楽しめる。

2019年6月30日

読書状況 読み終わった [2019年6月30日]

 本書を手に取ったのは伊賀市の郊外にある小さな古本屋さんだ。店の裏には草地の庭が広く、薪き割の作業場が見える。ご店主の志向が伺えるお店だ。店内は狭いが、こぎれいな印象。天井までの書架には古本が並ぶ。そう、古書ではなく古本、古本屋さんだ。タイトルをたどっていくと、少し驚くが、20代の頃に僕が読んだ本が多くそろっている。数えると20冊ほどか。この店に本を売りに来たことがあったか?タイムスリップなのか?めまいに似た感覚。そこで目に留まったのが本書だ。

 表紙は穏やかな水面にカヌーの舳先が見える。星野道夫さんの写真だ。星野道夫さんの写真を表紙に使うことから、作者の人となりや考え方がうかがえる。また、目次にならぶタイトルに心動かされた。『風の境界』『川の匂い』『隠国の水』『一羽でただじっとしていること』・・・・。

 カヌーからの視点、カヌーに乗らなければ得られない視点で、作者の思いが語られている。思索のきっかけになる風景は、イギリス湖水地方のウインダミア湖、スコットランド地方インバネス、アバディーンから、琵琶湖や熊野川、瀞峡や一枚岩に至る。かつて新婚旅行で訪れた地であったり、自転車で走ったことのある地であったり。

 水面で感じる風の疾走感と、カヌーで揺られる時間の流れが、良いなと思った。

2019年6月13日

読書状況 読み終わった [2019年6月13日]

 数々の日本のミステリー賞を受賞した本作を、5月に手に取った。昨年末からの受賞ラッシュで、今の時期まで読まなかった理由の一番は『カササギ殺人事件』という、少しクラシカルなタイトルのせいだ。アガサクリスティへのオマージュだそうだ。
 ストーリーは少々複雑で、作中に別の小説が入り込んだしくみで、上巻は作中作が展開され、下巻は作中作をたどりながら、本作が展開していく。昨年話題になった映画『カメラを止めるな』のようだな、と思って読んでいた。
 緻密な構成で良くできた小説だと思うが、スピード感がない。ワクワクすることがないままに、ストーリーの妙で引っ張られてしまった。

2019年6月8日

読書状況 読み終わった [2019年6月8日]

 本作、「競輪選手」の副題は「博打の駒として生きる」だ。作者の武田豊樹選手の覚悟や、生き方が、端的に現れていると思う。
 平易な文章でつづられており、読みやすく、しかし、内容は濃く興味深い。45歳で一線のレーサーであり続けるのは、並大抵のことではないと思うが、レースやトレーニングに対しては妥協を許さない内容だ。
 僕の知っている競輪インサイドは、漫画「ギャンブルレーサー」だったけれど、その世界が、一流レーサーの武田選手の文章との相乗効果で立体的に見えてきた。

2019年5月2日

読書状況 読み終わった [2019年5月2日]

 先日、NHK‐Eテレでインタビューを受けておられた。本書にも出てくる、炭焼窯跡も訪ねておられた。小柄で柔和なおじさんといった風情の宇江さんだが、炭焼きとして生きておられたと経歴に驚く。山域を転々と移動する炭焼きの生活にも驚くが、それを体現し、記録し続ける著者に畏敬の念を抱く。著者は、私の父親と同世代だが、父母の世代、祖父母の世代の生活の、なんと遠いことか。
 果無山脈のあたりをサイクリングで訪れる時、私が生まれた頃の山の生活が、自転車のサドルの上から見えるだろうか。あるいは、山の坂道で自転車を押し歩きながら、炭焼窯の煙が感じられるだろうか。

2019年5月1日

読書状況 読み終わった [2019年5月1日]

 冒頭の悪夢のシーンは、伊藤計劃「虐殺器官」を思い出させる。後に続くストーリーは全く違うが、一気に小説世界へ引きずり込まれるところは同じだ。
 主人公は刑事を退職後、四国お遍路に回っているので、現場から離れており、活劇はないが、なぜか引き込まれる。ミステリーとしては弱いと思うが、その小説世界は濃密だ。すっかり涙もろくなっている読み手の私は、出張中のサンダーバード号車内で2度ほど泣いてしまった。面白い小説を、長距離出張の車内という集中できる環境で読み込めた事に感謝!

2019年5月1日

読書状況 読み終わった [2019年5月1日]

 難波で飲み会がなければ高島屋丸善に立ち寄ることもなく、ジャック・ロンドンの「マーティン・イーデン」を手に取ることもなかっただろう。「マーティン・イーデン」が実に面白かったことで、同じ作者の「野生の呼び声」を読み返したいと思った。人生には、色々な偶然と必然が転がっているものだと感じる。
 「野生の呼び声」が収録されている、この「犬物語」は、ゴールドラッシュに沸く極北の、人間のような橇犬達と野生むき出しの人間達の関わりが書かれている。一種、伝奇のようでもあり、面白かった。ジャック・ロンドンという人が、少しわかったような気がした。
 「野生の呼び声」は、今読み返してみても面白かった。硬質で厳しい物語が、少年だった僕は好きだったんだな、とも思った。多読した丸山健二さんのフィクションや、本多勝一さんのノンフィクションに繋がる素養があったこともわかった。
 ストーリーに懐かしさは感じなかったが、少年の頃の自身と出会えたような懐かしさを感じる瞬間があった。

2019年5月1日

読書状況 読み終わった [2019年5月1日]

 ヨシタケシンスケさんは、子供に対する視線が、優しく面白いね。
 第2章の「父だから考えちゃう」が、一番面白く、暖かい気持ちになれました。

2019年3月31日

読書状況 読み終わった [2019年3月31日]

 作者のあふれ出るばかりの想いや、論旨には、基本的に賛同する。が、小説としてはどうだ。自らの想いを作中の人物に演説させてばかりで、あまりに直球過ぎないか。参考文献を多く列挙しているが、それら文献を組み替えているだけで、消化した作品として見せることができているのか。自分の考えること、想いを取り出して、別の言葉で表現する、比喩や暗喩こそが小説の醍醐味とするなら、本作はあまりに味気ない。
 同作者の『銃』では、撃鉄を下げると表現されていたことが、本作では「撃鉄を引く」と表現され、違和感は少なくなったが(多少残るが)、続けて、「引き金を引く」と、書かれている。同じ動詞を並列させることへの違和感を感じ、また、作中で「違うくありません・・・」と会話されると、50過ぎのおっさんは小説世界へ入りこめないのだ。
 当代一の作家の大作に対して失礼な言い方になるが、ストーリーや論旨はともかく、小説としては、高く評価できなかった。

2019年3月5日

読書状況 読み終わった [2019年3月5日]

 最後の10行を読み終えると、じわりと涙が流れ出した。涙はしばらく止まらない。余韻を胸に抱いたまま、しばらく涙を流れるままにしておいた。

 読み始めてすぐに、終戦直後のベルリンの街が頭の中に立ち上がる。ドイツ人少女が人探しのミッションを受け、焦土となったベルリン近郊を歩く光景を、まるで映画を見るかのように、頭の中では映像化されている。「ヒトラーの子供たち」というナチス時代のドキュメンタリーを見た直後なのでなおさらだ。現代日本の作家が、ここまで書ききれることに驚いてしまう。
 主人公の独白をクライマックスに、暗転した舞台はしばらく静かな展開を見せる。少々説明口調が気になるところもあるが、静かに深く、想像力は深化する。最後の10行を読み終えると、感情の縁から涙があふれだす。そして、しばらくそのまま・・・。

2019年1月21日

読書状況 読み終わった [2019年1月21日]

 自分の変化は、変わらない視座を持ち続けたうえで、対象の見え方を客体化する必要があると思う。本書の作者は茶道を通じて自分の変化を感じ、長じてそれを楽しんでいらっしゃる。変化がもてはやされる現在だけれど、変えず繰り返すことの効用が魅力的に書かれた作品だ。

2019年1月27日

読書状況 読み終わった [2019年1月27日]

 1950年代のアメリカの田舎街を背景に、少女の視線で主人公一族の物語が語られる。祖父の築いた家(ハウス)に、奔放ながらも縛られた女系一族の小説だ。
 本書の帯には『息をのむような美しい自然描写・・・』と書かれているが、僕の心には響かなかった。静かで、美しい自然描写は大好物だが、本作は外れたようだ。直近で美しい自然描写の作品を読んでいるだけに、何が違うんだろうと考える。心に響くか、響かないか、いったい何が違うんだろう・・・。

2018年12月10日

読書状況 読み終わった [2018年12月10日]

 ジャック・ロンドンは「野生の呼び声」と「ホワイトファング」しか読んだことことがないが、硬質でシンプルな文体と、武骨なストーリーが印象的で、好きな作家の一人だ。しかし、没後すでに100年以上経過しているので、本屋さんで新刊に巡り合えるとは思わなかった。正確に言うと新刊ではなく、帯にも書かれているよう”待望の復刊”だ。
 描かれている時代背景は、富裕層と労働者層との差が明確で格差は大きい。思いがけない出会いから富裕層と関わることになった主人公は、苛烈な努力で労働者層から作家として這い上がっていく。主人公が考える真理や、手にした成功を語る心のうちは、30年前の青年(僕のことだ!)が抱く青春のモヤモヤと低通するものがあり、物語にのめりこむ。
 激しいいほどに厳しく自律的で、原理から外れることを許せない青年は、年齢を重ねるうちに他者や自らを徐々に許せるようになっていく。許すことができない青年には、自死以外の結論がなくなる。
 全般にわたり緊張感のある小説世界で、主人公の成長譚でもある小説の魅力に引き込まれた。

2019年1月5日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2019年1月5日]

 プロローグから、ぐいっと引き込まれる。
 本書を読んでいた1週間余り、僕は北イタリアの山村に滞在していたのかもしれない。美しい山と静かな湖、清冽な渓流は冷たく喉を潤す。牛が牧草をはんでいる風景に、夜ごと浸っていたのだと思う。

 主人公の少年は父親との関係に悩み、やがて決裂するが、父の遺したものに救われる。旧友との関係もその一つだ。旧友と自身の限られた時間の交錯に友情は深まり、互いにかけがえのない存在として感じ合うようになる。
 父との軋轢、人生への焦燥、豊かな母性に囲まれた彼ら二人は不器用に生き方を模索しているようだ。また、小説の終わり方はドラマチックでも何でもないが、強く印象に残る。

 起伏のないストーリーだが、強く静かに、心に染み入る小説だった。

2018年12月4日

読書状況 読み終わった [2018年12月4日]

 「江國香織が帯を書いている本をあなたが読むなんて・・・」という妻の言葉通り、私のストライクゾーンから少し外れていたようだ。
 それぞれの短編で、少し独特な主人公たちが孤独と疎外感と、わずかな人とのつながりを握りしめている物語だ。時にあっさりと握りしめている手を緩め、一人で歩いていく。寂しい?寂しくない?いや、そういう問題ではなく、それが彼女であり、彼なのだ。
 おっさんゆえ主人公への感情移入は難しいが、妙に気にかかる主人公たちではある。

2018年12月11日

読書状況 読み終わった [2018年12月11日]

 冒頭25ページまで読むだけでも、十分元が取れた気がする。

 読み始めてしばらくすると、これは太宰治だと思った。中学生の頃に読んでいただけなので、どれほど的確な比喩かわからないが、これは太宰だと思った。しかし、また読み進めていくと、これは阿部公房じゃないかと思い直した。阿部公房を熱心に読んでいたのは大学生の頃なので、これもまた、的確な比喩かどうか不明だけれど、ずいぶん懐かしい感覚の読書体験だ。
 文庫の裏表紙には『現代の実存を軽やかに問う』と書かれているが、同様のテーマは繰り返されており、一種の既視感さえも感じるほどに人間は変わらず、普遍的な存在なんだなと感じた。

2018年11月12日

読書状況 読み終わった [2018年11月12日]

 東京で服飾デザイナーとして働く主人公は、40代半ばで人生の岐路に立つ。そして同時期に、高校時代の恩師が不治の病であることを知らされる。物語は主人公が高校生だった頃や、子供時代を過ごした団地の風景に切り替わり、登場人物が抱えたそれぞれの人生の重荷が、現在の物語を通じて、解きほぐされていく。
 自身の家族、幼馴染の兄弟、同級生と恩師、運命は俯瞰できるほどに収れんされ、物語は結末する。

 いかにも、といった感じの物語で、読了直後「これは北上次郎さんが好きそうだな、解説は北上次郎さんかな」と思ったらその通りだったので、小さくガッツポーズ。

2018年11月3日

読書状況 読み終わった [2018年11月3日]

 ツールドフランスを走るトップチームの、トレーニングから補給、メカニカル、とにかくすべての局面の最新トピックスが網羅されている。
 ただ、全体のボリュームの割に情報が少なく、文章にメリハリがなく冗長な印象だ。茫々たる砂漠の中から、きらりと光るガラス片を探すように、トピックスの核心を読み取ることに少し疲れました。

2018年10月17日

読書状況 読み終わった [2018年10月17日]

 本作、初出はいつだ・・・?1994年か。少し時代を感じさせる表現が見られるが、面白い。今まで24年間、こんなに面白いシリーズなのに読まなかったことが残念だ。
 いや、まてよ、24年間で6作か。おおよそ5年に1作の出版では、やきもきし、待ちきれない気持ちでいっぱいだな。シリーズ最終刊が発刊された現在に出会えてよかったかもしれない。さっ、これから5作、ゆっくり楽しませてもらおう。

2018年10月8日

読書状況 読み終わった [2018年10月8日]
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