戦争の日本中世史: 「下剋上」は本当にあったのか (新潮選書)

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著者 :
rainygreenさん  未設定  読み終わった 

本著で扱われている時代は、鎌倉末期から室町時代、元寇から応仁の乱くらいまでの期間。

一通り日本史は学んできたつもりだが、鎌倉末期から室町時代というのは正直なところ印象が薄い時代である。
建武の新政、南北朝、北山文化・東山文化、応仁の乱くらいで、そこから先は戦国時代、あんまり明確なイメージが無い。
大河ドラマなどテレビの史劇でも、戦国時代や幕末を舞台にしたものは圧倒的に多く、あとは源平もので、室町時代を舞台にしたのは本著でも取り上げられている91年の大河ドラマ「太平記」くらいか(観ていなかったので覚えていないが)。
この時代がここまで影が薄くなってしまったのは、建武の新政や南朝正統論が戦前の皇国史観で特別な意味を持っていたことの反動もあるのかもしれない。

そんな影の薄い時代だが、本著により詳細に振り返ってみると、これが酷い内戦の時代であったことが分かる。
内戦といっても、天下統一のロマンだとか、或いは憎悪の連鎖だとか、わかりやすいドラマチックな構図ではなく、武士も公家も僧侶もただただ生き延びるための戦いで疲弊していた時代。
しかも戦場は東国から九州まで広範囲に及び、各陣営は遠く離れた場所への遠征を余儀無くされていた。

経済的な負担の大きさや、死や一族の滅亡が隣り合わせであったという時代背景を考慮に入れて、この時代の政策や社会制度を捉え直す試みもされている。
例えば、
・徳政令は、御家人救済策というよりも、御家人の所領取り戻しを認めて彼らが軍役負担をできるようにするため、幕府の軍事上の必要性から採られた政策である。
・一族のサバイバルのために、養子を早期選定したり、兄弟で均分に相続するなどの対策が採られた。
など。

著者の前著「一揆の原理」と同様、戦後歴史学が傾倒していた「階級闘争史観」を忘れ、この時代を生きた人々の「現実的な事情」を想像することに基点をおいたクールな視座が展開されます。

それにしても、細川、畠山、斯波、山内、大友、赤松、山名、大内といった有力氏族が、時に兄弟・親族間で争い、陣営をくっついたり離れたり、しかも同じような紛らわしい名前の人物が多く、とても覚えきれない。
そのあたりもこの時代がとっつきにくくなってしまっている理由の一つかもしれません。

レビュー投稿日
2019年1月6日
読了日
2014年6月11日
本棚登録日
2019年1月6日
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