東京會舘とわたし 下 新館 (文春文庫 つ 18-6)

著者 :
  • 文藝春秋 (2019年9月3日発売)
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本棚登録 : 2376
感想 : 167
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今年読んだ中で、間違いなく一番好きな本。
辻村さんの作品の中でも、この作品にあまりスポットライトが当てられていないのが不思議なくらいです。

辻村さんといえば、人間の奥底にある闇を静かにえぐりだすような、ドキッとさせられる描写が好きです。今までで一番好きだったのは「子どもたちは夜と遊ぶ」。水の底からさらに深く沈めていくような心理描写に、気が付けばのめりこんでいました。

ただ、本作品は全くテイストを変え、従業員たちのプライド、人の温かさ、憎しみの裏にある愛おしさなど、辻村さん独自の感性で紡がれた「光」を感じることができる作品です。従来の辻村ファンたちがそこを敬遠しているのであれば、本当にもったいない。

どの一篇をとってもすばらしいのですが、とある従業員のこだわりが見える何気ない一幕が印象に残りました。主人公の女性が、真鍮の柱を磨く玄関係に対し、「真鍮は汚れやすい。いっそのこと汚れにくい素材で作ればよかったのにね」との感想に対して、玄関係が返した一言。

“真鍮であることには意味があります。(中略)真鍮だからこそ、私たちは毎日、この柱を磨く必要があります。他の素材だったら、ひょっとするとおざなりになって、毎朝磨くことはないかもしれません。―この柱は、素材そのものが磨きなさい、という玄関係へのメッセージなんです。”

東京會舘での何気ない一幕を描いたシーンですが、特に大きな役職のない「玄関係」の一人がこういった心持ちで仕事をしている場所、という印象が心地よく残りました。


全編をとおして登場人物たちのゆるいつながりが描かれていますが、最後の章ですべてが鮮やかにつながり、そして本作品の核の部分が明らかになります。「東京會舘に行きたい」はこの本を読んだ誰もが感じると思いますが、読み進めるうちに「私も東京會舘の歴史に携わりたい!」と思わせてくれるような、深い印象とあたたかな余韻を残してくれる作品でした。

P.S. 第八章のクッキングスクールのエピソードの中で、東京會舘のカレーの秘訣が出てきます。もちろん食材や調味料などは本場にかないませんが、この「秘訣」を試してみたところ、普通のルーで作ったカレーがびっくりするぐらい美味なカレーになりましたのでぜひ一度お試しを^^

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2019年9月24日
読了日 : 2019年9月24日
本棚登録日 : 2019年9月2日

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