不可能性の時代 (岩波新書)

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著者 :
reinouさん エッセイ   読み終わった 

2008年刊。著者は京都大学大学院人間・環境学研究科教授。◆理想(45~60)→夢(60~75)→虚構(75~90)という戦後時代変遷に関する見田宗介の分析を肯定的に継承し、地下鉄サリン事件(95)が虚構時代の終焉を顕わにしたとしつつ、以降を「不可能性の時代」と見て、90年代~の時代相を解読する。◆相当面白いが、幾許かの疑問も。◆社会構成者の一部で、購読層・愛好者も限定されるサブカルチャー。これへの批評を社会批評につなげられるか、社会全体への評に拡散できるか。この種の議論の根本的疑問は解消されず。
◇持って回った言い方だが、現代政治思想は、実は先祖返りに過ぎないとの疑念。◇リスクに関し、マイナス面を地球が負担するのか(温室効果ガス・核廃棄物)、社会が負担するのか(大気汚染等の公害)、地域が負担するのか(嘉手納爆音問題)、個人が負担するのか(交通事故)による差があるのに、リスクを選択・決定のみに相関させる立場(著者が引用し前提とするルーマン)の持つ甘い分析への配慮がない。モータリゼーションは社会選択の帰結だが、そのリスクの及ぶ歩行者の選択下にはない。社会選択と個人選択を混同したままの議論。
◇表現の自由と名誉権との対立に同値の問題提起(241頁)につき、対立止揚の手法(害悪の具体的分析を通じて、場合に応じて優劣決定)において、本書は余りにも大鉈過ぎな論。◇グローバル資本主義の志向はルール一元化、多元的文化主義とは非整合的。が、これを整合的とする本書の説明(225頁)が意味不明。◇監視社会の容認を「見られることへの欲望」に依拠する本書。が、監視によるメリット享受(安全・簡便な情報取得等)+監視に伴う害悪の不可視化や監視者自体の透明化・不可視化に帰着なだけ(ストーカーの監視は欲しない)。

レビュー投稿日
2017年1月24日
読了日
2017年1月24日
本棚登録日
2017年1月24日
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