西欧文明の原像 (講談社学術文庫 815)

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  • 講談社 (1988年1月1日発売)
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1988年(底本1974年)刊。著者東京大学名誉教授。

 各論は興味深いが総論は?のつく著作である。すなわち、総論(序説)と各論の乖離は明快で、立論の矛盾も感じるところだ。というのも、著者は、史実の正確性は等閑視し、他方(歴史への)想像力を優先し、かつ両者は両立しないかの如き主張を展開している。恐らくは近代史学からの超克を意図したもののよう。

 しかし、
① こういう立論は、歴史への説得力を自ら掘り崩すものである。
② 歴史的事実と歴史への想像力は次元が違い、何れも希求可能で、かつ希求すべきテーマであることを忘れている。
③ 著者自身、各論では詳細史料から事実の確定・正確性担保に全力投入しているという、前提と実際の言動との不一致が見られる。
④ 事実の正確性を希求しないでなされた想像力の所産は、根拠のない夢想で、第三者を説得し共通認識に至ること能わず。
⑤ 法・経・社会各学の前提まで否定しかねない主張である。すなわち、彼の学問は、現実の政策決定や行政権・司法権等の権力行使内容と近縁関係にある。そして政策決定の基礎前提として、過去の事実の分析を不可避とするのだ。
 換言すれば、今この瞬間から現在が過去になる現実を踏まえ、近接過去の事実を分析・確定し、その問題点の除去を法制度化したり、経済や社会制度、税体系その他あらゆる政策形成に反映させる。その政策決定の正当性は、問題把握の正確性に説得力があって初めて確保しうる。
 さらに言えば、例えばバブル経済分析は、1929年頃の世界の経済状況を対象にしなければならないはずだし、一方、地震対策なら、地質学的年代スパンの事象を、遺伝子等に基礎を置く薬学・農学などは生命進化のスパンの事象を分析対象にする可能性もあり、必ずしも近接過去だけが社会政策の検討テーマになるとは限らないのだ。
 そもそも、政治学や経済学に政治史学・経済史学が含まれる上、近接過去であろうと遠い過去だろうと、確定の手法に違いはない。依拠し得る史料の豊穣さ如何という程度の差にすぎない。


 さて、各論につき、何故西欧へのルサンチマンの如き悪罵を垂れるかは判然としない。
 とはいえ、例えば、ギリシア・古代ローマと西欧文明との非連続性を具体的事実に基づき説明する点は良である。例えば、西欧の家制度につき、養子縁組制度の有無に関する東(日本を包含)と西の制度比較をしつつ解読するのは納得の視座。
 加え、西欧と南欧との差を指摘し、現代に繋がる西欧文明のある種の出発点を所謂12Cルネサンスに求める辺りも、刊行時は斬新だったかもしれない。ただし、西欧文明に見受けられるローマとの連続性に関し、ローマ法継受という教科書レベルの根拠を故意か過失かスルーしているようにも見えるのは大きな疑問符を。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2017年1月25日
読了日 : 2017年1月25日
本棚登録日 : 2017年1月25日

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