Klara And The Sun: The Times And Sunday Times Book Of The Year
- Faber & Faber (2021年3月2日発売)


カズオ・イシグロの作品にはなんとなく二つの系譜があると思っている。
集合体としての記憶と個人単位での記憶との交差や不整合性、その上での記憶の恣意性や不安定性を追及したものと、進化する技術や社会に影響され、それと向き合う個人を問うたもの。後者の物語には歴史の陰影が乗っからず、奥行きを感じにくい。
本作はNever Let Me Goの系譜を継いた後者の物語だから、正直どこまで好きな作品になるのか分からないと恐れながら手にとった。自分がテクノロジーのど真ん中の位置にいることもあって、定型文的なAIの脅威が並べられていても興醒めだなとも思っていた。
結果としては大きな杞憂だった。確かに後者の系譜だったけれども、Never Let Me Goと比べると曖昧さや揺らぎを残し、更に社会の幻影(つまりこの小説の中にある集合体の記憶)がちらほら見え隠れする、解釈が求められるより奥行きのある作品に進化している。とくに本作の要になる『お日さま』に対してクララがとった行動は、果たして単純な人工知能の過学習による誤りなのか、あるいは人工知能の深層学習でしか導き出されない解だったのか、その解釈の余地を残したのは秀逸だと感じる。
人工知能をテーマにしたSF小説は人工知能の反乱が定石だが、その定石を崩して、プログラミングされた善意と行動規範にしたがって行動し続けるAIを描いたのも考察に値する。この設定によって、時代に置き去りにされる個人、価値観や記憶が過去の判断に捉われたままの個体、という別のイシグロ作品の大きなナレーティブへとも無理なく物語が繋がる。
これはThe Remains of the Day, あるいはThe Buried Giantに匹敵する名作かというとそんなことはないが、確実にカズオ・イシグロの進化が見える一作でファンとしては喜びしか残らない作品だった。二つの系譜と最初で書いたけど、その二つの文脈が無理なく融合した重厚な名作が読める日も近いのかもしれない。
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以降自分の2017年の日記からの覚え書き・抜粋:
カズオ・イシグロはデビュー作とその直後の作品群は日本の戦争の記憶をベースとしており、記憶の曖昧さと人間と社会の関わり方にいかに幻想と操作が入り混じるかを追求している。戦争への集合的な記憶とその追及がまず彼を作家として突き動かしたと言える。
- 感想投稿日 : 2021年3月15日
- 読了日 : 2021年3月13日
- 本棚登録日 : 2021年3月13日
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