黄金を抱いて翔べ (新潮文庫)

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著者 :
rerucoさん 小説   未設定

娯楽小説と思って読むと肩すかしを食らいます。計画に至るまでの経緯や心理描写が薄いために金塊強盗をするに至る説得力に欠ける、という批判を多く目にしましたが、物語のメインとされる金塊強盗はむしろ物語のスパイスであり、高村さんが主題としたところはもっと別にあるように思います。主題を重視した結果、金塊強盗に関する各々の心理描写はあえて省略されているのではないかと感じました。
物語の主題とは、”自我の目覚め”、”魂の救済”であり、高村さんの宗教観に基づき、幸田自身と幸田を取り巻く人間関係を通して以上の二つのテーマが描かれていると考えます。

(以下幸田と北川のことしか語ってません)
幸田を陰から思いやり見守る北川の行動に、『トーマの心臓』のオスカーに通じる優しい人間愛を感じました。表面的には男くさくて荒っぽい印象でけっこう怖い人なんですが、優しい人だと思います。
幸田は北川の思いなどつゆ知らず、ひたすら人間のいない土地だけを求めて自分の殻に閉じこもります。他者を寄せ付けない人間嫌いの幸田。金塊強盗に関わる抱えきれないほどのしがらみや厄介事に直面し北川は、
「なあ、幸田よ。人間なんて、面倒なだけだな……。この次に何かやるときには、もう仲間はいらねえよ。お前は、どうせ≪人間のいない土地≫へ行くんだろ?」- 141ページ
という言葉をぶつけます。幸田を光の中に連れ出すことが自分には決してできないんだというやるせなさや、結局どこまで行っても人は一人で、他者と解り合うことはできないのではないかという北川の抱く孤独感が噴出した静かな悲しみを表す場面だと思います。

一方幸田は、北川のあずかり知らぬところで、金塊強盗を通してモモとの関係を深める内に、その純粋さに触れることで救われていたんだと思います。
奪取作戦の最中、北川と幸田はこんな会話をします。
「なあ、幸田。お前、いつからモモと出来てたんだ?」
「最近」
「俺はなあ、人間嫌いのお前は一生、人とどうこうすることなんかないんだろうと思ってた。人間って変わっていくんだな……」 - 336ページ

幸田は確かに変わりました。ビルから落下する直前、以下の独白があります。
「ふと、≪自由だ≫と思った。これまで、同じようにしてビルの屋根から逃げたことは何度かあったが、自由の気分を味わったのは初めてだった。自由であり、少し孤独だった。≪人間のいない土地≫はもう、どうでもよかった。人間のいる土地で、自由だと感じるのなら。」- 347ページ
幸田の生死は明らかにされていませんが、生きていればきっと幸田のこれからの人生はそれまでとは大きく違うものになったのではないでしょうか。

「これは俺の想像だが、お前はもう、人間のいる土地でも何でもいいのだろう。きっとそうだと思う。こんなことを言うのは気恥ずかしいが、お前は確かに変わったぜ」 - 350ページ
「うまく言えないが……俺はお前が、やっと訪ねてきてくれた、って気がするんだ。やっと、互いの顔が見えるところまで近付いた、って気がする。よく来てくれた。ほんとうに、よく来てくれた。俺は嬉しいぞ……!なあ、幸田よ」 - 351ページ

幸田と北川、その思いは違ってもそれぞれに大きな魂の救済がある素晴らしいラストではないかと思います。
読者視点では若干北川が報われてないようにも見えるんですが(北川が手を握ってあんなに熱く語ってるのに、幸田の心情描写はモモへ宛てた独白なんですよね。なかなか終始北川泣かせ)、実はそんなことは関係なくて、幸田に救いが訪れたことを北川は誰よりも喜ぶんだと思います。

『ヨハネによる福音書3章』 -イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」

「どこかへ運ばれていく。新しい土地が待っている、と幸田は思った」
「そうだ、モモさん。俺はあんたと、神の国の話がしたいと思う。あんたとは、心の話がしたいと思う……。 」 - 351ページ

レビュー投稿日
2013年2月2日
本棚登録日
2013年2月2日
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