謎解き洛中洛外図 (岩波新書 新赤版 435)

著者 :
  • 岩波書店 (2003年3月20日発売)
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感想 : 10
4

歴史の謎解きは下手なミステリーよりもよほど面白い。それが、上杉本洛中洛外図の謎であるならばなおさらである。希少な狩野永徳の作品の上、織田信長が上杉謙信に送ったと伝えられる国宝である。それの何が謎なのか、著者がどのように推理し一つの結論にたどり着いたか、それを修正し、証拠となる新史料をどのように発見したか、極上のミステリーを読むようであり、本書は期待に十分応えている。
前半部の研究史の解説も、何が問題で何が分かっているのか理解出来て楽しめる。本書によると、初期の研究では由来についての疑義は無く、絵画としての分析、描かれた京都の風景は何時か(景観年代)、描かれたのは何時か、についての論じられていた。ところが、中世史の専門家である今谷明は由来を全て否定し、天文16年(1547)7月19日から閏7月5日までのわずか16日の景観であるとする説を1984年に発表し、論争が始まった。こうして、「画家は誰か?注文者は誰か?誰が誰に贈ったのか?」という謎が産まれた。
著者は研究史を踏まえ次の立脚点に立つ。

1.洛中洛外図は作品であり完全な写実ではない事、
2.景観年代は、永録4年(1561)3月足利義輝の三好義興邸へのお成りから永録8年(1565)5月19日の義輝殺害までの間。
3.作者は狩野永徳。
4.注文主・作者・贈られ手の3者の意図を作品から読む込む必要がある。
5.仮に、贈り手足利義輝、贈られ手上杉謙信として推理する。
6.上杉本洛中洛外図の著しい特徴、貴人の大行列、公方邸に集中している季節の乱れ、内裏の諸建築に夥しい書き込みがある事、この3点を相互に関連付けた分析・読解から始める。
7.上杉本を孤立させず、他の洛中洛外図を含めて議論する。

管領クラスの貴人が年始祝いのために公方邸へ行く行列を、著者は注文主の主要な意図と分析し、そのために季節が乱れたと観る。また、内裏を知らない贈られ手のために書き込みが行われたと推理する。以上から、注文者は足利義輝であり、贈られ手は上杉謙信と推定する。作成時期については、謙信が関東管領に任命された永録4年12月から翌5年春がふさわしいと推理する。
以上の結論を裏付ける史料を著者は探すが見つからず、再考を強いられる。そこで、信長が天正2年(1574)3月に謙信に贈ったという記述のある「越佐史料」を検討し、その中の「上杉年譜」は信用できる史料と観る。そこで、義輝が注文主で信長が贈り手と修正した。さらに「上杉年譜」の元となったと思われる「(謙信公)御書集」を探索し、「天正2年3月信長が屏風一双を謙信に贈った。画工は狩野永徳で永録8年9月3日画。謙信が礼状を送った。」の記述を発見する。ここで9月3日は義輝の百過日の2日後である事に言及する。以上が著者の推理である。

星について

知的好奇心を刺激し、とても面白く読める。著者の歴史研究に対する誠実さも伝わり、謎解きも妥当であろう。ただ、史料的裏付けが若干弱めな事と、この作成年では注文主の意図に関する推定の根拠が少し弱くなる。題材がどうしても特殊であるので星4個。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 文化
感想投稿日 : 2006年10月25日
本棚登録日 : 2006年10月25日

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