日本辺境論 (新潮新書)

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レビュー : 611
著者 :
ryo31103110さん 社会   読み終わった 

内田樹の著作。2009年に話題になった一冊

タイトルの「日本辺境論」からネガティブなイメージを持たれる方も多いと思うが、内容的には西洋近代を人類の頂点とする進歩史観によって日本を否定するような短絡的な日本人論ではない。
ただし、日本人的特徴に対する指摘はどれも鋭く、時には耳が痛くなるような一説も度々ある。

内田は本書の中で日本人を「華夷秩序」の外周にある辺境人であると解説する。

その特徴として、自分自身のアイディンティティの欠落を、絶対的価値に近づくことによって補おうとする態度。
これこそが「辺境人」たるゆえんであるという。

多くの日本人は、「日本は然々こういうものであらなければならない」という当為に準拠して国家像を形勢するということをしないのではないか?というのが内田の指摘である。
例えば、「ポツダム宣言後の國體護持については、戦時中国民統合の原理として作用してきた実態が究極的に何を意味するのかについて日本帝国の最高首脳部において一致した見解がえられなかった」
という歴史的事実を引き合いに出し、日本の國體を説明するための国民的合意がとれているものが存在しないことを説明する。

首尾一貫したイデオロギーはなく、究極的価値たる天皇への相対的な接近の意識だけが、そのイデオロギーを補完する役目となっているのではないかというのを日本人の特徴として挙げている。

これは非常に納得であった。というのも、日本は古代においては華夷秩序の中で国家を形成してきた。そして時代が下り、国家の臣民たる我々の先祖に社会的規範が求められたとき、その規範の支柱になったのが武士である。
武士とは、朝廷や貴族に侍る者である。自己のアイディンティティは侍る美学である。
つまり、日本という国家は、東アジアに於いては華夷秩序の辺境であり、国家の臣民たる我々は天皇を中心とした辺境の美学を行動規範としていたことになる。
この二重の意味での辺境人として形成された日本人の特徴を言い当てている気がしたからだ。

日本人が先行者として能動的に行動するよりも、むしろ外的影響により受動的に行動する方が向いているのも、二重の意味での辺境人であるということにその原因があるのかもしれない。

この徹底的な受け身であるという日本人の資質について内田は、太平洋戦争に対する日本人の姿勢を例にあげて説明する。
「強靭な思想性と明確な世界戦略に基づいて私たちは主体的に戦争を選択したと主張するだけの人がいない。
戦争を肯定するだれもが「私たちは戦争以外の選択肢がないところまで追いつめられた」という受動態の構文でしか戦争について語らない。

この傾向は現在も変わらぬようで、「日本の右翼・左翼に共通する特徴はどちらも、模範と比したときの相対的劣位だけが彼らの思念を占めている」という。
内田はヨーロッパの思想史を例にし、日本におけるイデオロギー形成の脆弱さを指摘する。
「ヨーロッパの思想史が教えてくれるのは、社会の根源的な変革が必要とされるとき、最初に登場するのはまだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意思をもった人々である」と。

内田は華夷秩序やヨーロッパの進歩主義を受動的に受け入れてきた日本の歴史を鑑みて、「とことん辺境人で行こう」と結論づける。
これには私も大賛成で、辺境人であるからこそ華夷秩序やヨーロッパの進歩主義を日本なりの工夫によって収容することができたのではないかと考えた。
近代的日本を「内的自己」「外的自己」という人格分裂を否定的に指摘している論調があるようだが、これこそ日本の近代における最大の発明なのではないかと思ったりした。
内には武士の精神性を重んじる伝統を残し、外的には近代西欧における進歩主義に歩調をあわせるという態度。
これこそが、伝統を重んじつつ西欧を中心とした国際社会に挑もうという崇高な理念を体現したものではないだろうか?
現在の問題は、内的自己と外的自己について整理されていないことと、双方の行動理念が薄まっているという現実である。
辺境人としてとことんいくのであれば、この精神分裂(日本人はこの2つを自然に使い分ける能力を備えている)をとことん活用すべきではないかと思う。

歴史好きに支持される司馬史観であるが、「日露戦争以降の日本は正統からの逸脱した国家に変貌した」という学説には同意しかねるものがある。
時代によって素晴らしかったり、堕落したりする日本人による日本観に対しては違和感をおぼえるからである。
日本というのは、醤油や味噌が入った大鍋のスープのようなもので、時折豆板醤やらトマトが入ったところで、全体の風味として元からあった味を損なわない。
むしろ、一見受動的に見える変化ではあるものの、様々な味覚をミックスさせて新たな味覚をつくり出して、自分のものとするところに真骨頂があるのではないか。
こうした日本のしたたかさを洗練させることこそが、今後の日本にとって重要なのではないかと思った。

日本人論という、つかみどころのない対象に対して過去の学説などをきちんと整理してまとめているので、自己の日本人論イメージを考え直す契機となりました。
日本についてもう一度考えるのに最適な一冊です。

レビュー投稿日
2012年7月29日
読了日
2012年7月20日
本棚登録日
2012年7月28日
2
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