本気で生きよう!なにかが変わる

  • 大和書房 (1999年10月14日発売)
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本棚登録 : 188
感想 : 30
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「一ページ、一ページに感動がいっぱいです」開いてみるとまずこんな予告があって、一瞬(感動しなかったら私はダメなやつかも)と不安でたじろぐ。けれどもめくれば出てくる数々のエピソードに涙が止まらず、いい加減疲れるのでいったん読むのを中断しなくてはならないほどで、何とも無意味な不安だったなとほんの数ページで気づくのだった。

その数々のエピソードには、太郎だけ呼び捨てにした五井先生の特別な理由、バスガイドの老人への気の利いた対応、喫茶店での勇気ある女の子の行動、目の見えない旦那さんのために美しい彩りの手の込んだお弁当を作る奥さんの話、くさ丸さんの転機のきっかけとなった稔くんの話、まだまだたくさんあるのだけれど、全てがまるで目の前で見たかのように、しかも色鮮やかに自分の記憶に焼きついていることに驚く。何故だろうと考えると、それらが実際に”空気が動いた”という体験であり、クサ丸さんが本気で伝えようとしているからだと思う。

クサ丸さんは人生における出会いの大切さを語る。大切な出会いとは空気が動くような出会いだという。空気が動くとは言葉で説明するのは難しいけど、本の中あった”空気が動いた出会い”を読んだとき、ああこれか、空気が動いたという話が、再び空気を動かしている、そう思った。

また、空気を動かすためには本気の言葉が必要だ。”手話は言葉を聴かせるのでなく、言葉を見せる”これこそ言葉の源ではないかと思いハッとする。

小学校時代、友人のご両親が二人とも耳が聞こえず授業参観等は手話通訳者を同伴していたことを思い出す。何故手話をする人はあれほどまでに顔の表情や手の動きを激しくするのだろうと不思議に思っていたが、言葉を発することができないかわりに、顔、手、全身を使い、伝えるという行為に自分が想像できないほどのエネルギーを注いでいたのだと今は分かる。手話は全身使ってのコミニケーション、本当に伝えたいことを伝える手段だ。

人はいつから言葉に甘え言葉をもて遊ぶようになったのか。冷たい言葉を口にしながら微笑み、あたたかい言葉を口にしながら顔を強張らす。言葉と感情の不一致が人を惑わせ傷つける。口から言葉を発して日常生活を難なく過ごせていると思っている健常者の驕りがコミニケーション障害を発生させているとは悲しすぎる事実だ。

空気が動く出会いは本気の言葉、魂のこもった言葉を必要とする。もちろん柔らかいバリアを作る雑談も必要だけど、いつでも本気になれる気持ちと言葉は用意しておかないとなあと思う。

たくさんの出会いのエピソードをしめくくるように、最後の最後に出てくるワンダーリード奏者の卓也君が教えてくれるのは、生きていることの奇跡。ああまた忘れてた。40年間という時間の奇跡を。何とか常に心に留めておく方法はないものだろうか。

心がどんよりして気力のないときはエネルギッシュなタイトルに気が引けてしまうだろうし、NHK手話ニュースの派手なパフォーマンスを思い出して、あのおじさんに語られたら疲れるだろうなと想像する。いろいろ先入観が巡ってなかなか読む機会が訪れない本だ。何故この本を図書館で予約したのか。未だ分からないところが不思議な出会いだったなと思う。永六輔さんの言う”丸山浩路は活字だと疲れない”に納得。

クサ丸さんは既にこの世を去っていた。去年心筋梗塞で69歳で亡くなったそうだ。あんなに全身からエネルギーを放出させていた人だったのに。寂しい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: エッセイ
感想投稿日 : 2012年8月19日
読了日 : 2012年8月18日
本棚登録日 : 2012年8月17日

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