黄金時代の巨匠アントニイ・バークリーが1937年に発表した長編ミステリ。傑作『毒入りチョコレート事件』で見事な推理を披露したチタウィック氏が再登場し、意外な真相を暴き出す。
余命宣告を受けた資産家のトッドハンター氏は、残り僅かな命を有効活用するべく、社会に害をなす悪女ーー舞台女優ジーン・ノーウッドの殺害を決意する。だが、事件の後に逮捕されたのは無実の人間だった。トッドハンター氏は容疑者を救うべく犯罪研究家のチタウィック氏に捜査を依頼するが……
主人公が自らの有罪を立証するため、弁護士や探偵とチームを組んで奔走するという展開が面白い。本作はトッドハンター氏が〈利他的な殺人〉を決意してから驚愕の結末を迎えるまで、「悪漢小説風」「安芝居風」「探偵小説風」「法廷小説風」「怪奇小説風」とスタイルを変えて展開する。無実の他人に濡れ衣を着せてしまったトッドハンター氏の葛藤が丁寧に描かれており、心理描写を重視したサスペンス小説としても楽しむことができるだろう(「善良な資産家が殺人を計画するまで」を描いた第一章はやや冗長だが……)。
ジーンの死以降もチタウィック氏が積極的に捜査に乗り出すような場面は少なく、普通の探偵小説を期待すると肩透かしを食らうかもしれない。だが、バークリーらしいユーモラスな語り口によって、読者は哀れなトッドハンター氏をつい応援したくなってしまう。また『毒入りチョコレート事件』で見られた〈どんでん返し〉も健在。本格ミステリというジャンル遊戯的に破壊した怪作である。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
推理小説(海外)
- 感想投稿日 : 2022年9月13日
- 読了日 : 2022年9月12日
- 本棚登録日 : 2022年9月4日
みんなの感想をみる