首輪

著者 :
  • 河出書房新社
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【090104】犬も歩けば棒にあたる

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刷り込みというのだろうか。
子供の頃に何気なく誤って覚えた知識や経験に
ずっとその後も支配され続けることはないだろうか。
僕の場合は、それは「ケンネル」だった。

両親と青山通りを歩いていた幼い僕の目に入ってきたのは、
「青山ケンネル」
という看板だった。
青山学院の前あたりの細いビルに
青い看板があがっていたのを覚えている。
そのビルまでいくとショーウィンドウの中には犬がいた。
僕が母に「ケンネル」の意味を訊ねると犬小屋だという。
母は僕にこう言った。
「ほら、犬が寝るおうちでしょ。だから『ケンネル』。」
母は僕をからかってやろうと思ったのかもしれない。
それとも、僕が何度も意味を訊ねて煩かったのかもしれない。
とにかく、母にはそう教えられた。

それがどうやらおかしいと気づいたのは中学に入った頃だったと思う。
ご多分に漏れず、小学生の頃、乱歩に狂っていた僕は、
この時分には本格的な推理小説を読み漁るようになっていた。
ヴァン・ダインの「ケンネル殺人事件」を知ったときだ。
原題に“The Kennel Murder Case”とある。
だまされたと悟った。

以来、青山通りであの青い看板を見ると胸が痛くなる。
幼い素直な自分を思うとかわいそうになる。

だからだろうか。
我が家で犬を飼ったときも
この店で何かを購入したことは一度も無かった。
そう、犬小屋は僕がつくった。
三角屋根にアーチ型の穴の開いた昔ながらの小屋だ。
近所の風呂屋で木っ端をもらってきてつくった。
母は犬がかわいそうだと言ったが
僕にいわせれば
犬ごときにはそれで十分だった。
しかもご主人様の手作りなのだ。

そうだ、
僕は犬小屋を作ったほかには
たいした世話もしなかったと思う。
そもそも母が知り合いにもらってきたのだ。
母は名前をつけてかわいがっていたが
僕にはよく分からなかった。
そして、その犬は、
僕が高校に入った頃に死んでしまった。
母は泣いた。

あれからもう随分になる。

先日、僕は犬を飼うことに決めた。
それで思い立ってあの青い看板の店に行ってみた。
青い看板の店はまだそこにあった。
もう胸は痛まなかった。
むしろ興奮していた。
僕は店員とあれこれ相談して
この革の首輪に決めたのだ。
名前のついたプレートもつけて貰った。

部屋に戻り
僕がプレートのついた首輪を見せると
嬉しいのか身震いしている。
そのとき、僕は、とても愛しいと感じた。
やさしく抱いて、うなじに軽く、口づけをした。
それから首に手を回し、革のバンドを巻きつけた。

もう一度抱いて、囁いた。

「誕生日、おめでとう。
 僕からのプレゼントだ。」



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カテゴリ: いろはかるた
感想投稿日 : 2009年1月26日
本棚登録日 : 2009年1月26日

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