自民党を代表する政治家の一人であり、主要閣僚や首相を歴任していながら、実務派というイメージや角福戦争、大福対立で苦杯をなめたという位置づけなどのせいか、あまり関連する書籍が多くはない福田赳夫という政治家についての、本格的(650ページ超)な評伝。
福田赳夫の政治家としての経歴だけでなく、昭和の政治史を振り返るという意味でも、読み応えのある評伝だった。
戦前には予算編成の中心的な仕事を担い、戦後の復興期にもインフレ対策などを担当した大蔵官僚であった福田にとって、最も得意とする政策分野は財政の問題であり、経済政策であった。
本書を読むと、福田が安定成長志向であり、インフレ対策と不況期の大胆な財政出場を組み合わせた巧みな経済運営を行ってきたということがよく分かる。
特に、第一次オイルショックにも焦ることなく、「全治三年」と先行きを示したうえで、インフレの抑制を中心とした物価対策で世界の中でもいち早く危機から脱したというのは、戦後の日本の経済政策の中でも特筆すべき成果だったのではないかと思う。
経済政策以外の分野も含めて、絶妙なバランス感覚で持続可能な政策を組み立て、党内や業界との調整を積み上げていくという福田の政治スタイルが、日本の戦後政治の一つの典型として確実にあったのではないかと思う。
外交の面では国際協調路線をとり、アメリカだけではなく、ASEAN諸国や中ソにも目配りの効いた外交をしていこうという発想を持っていた。
また、ベトナム戦争やオイルショックを通じて世界経済に関するアメリカの牽引力が弱まってくる中、アメリカ、西ドイツ、日本が連携することにより世界経済の安定的な成長を目指していこうということも考えていた。
日本が外交に関してこのような長期的でグローバルなビジョンを持ち始めたのは、戦後においてはこの時期が初めてなのではないかと思う。
結果として、このような体制が完成する前に福田が首相の座を退き、その後の東西冷戦の終結後の新しい世界の潮流の中で、日本の国際的な役割が退潮したようにも思うが、1970年代から1980年代の初頭にかけて日本が確固たる国際秩序のビジョンを打ち出していたというのは、大切な事であったと思う。
もう一つ印象的だったのは、福田が派閥政治、金権政治の打破を1950年代に政治の世界に入って以来一貫して訴えてきたということだ。
「かくあるべき」という姿を言葉にして訴えるというのは、政治家の大切な役割である。それが理想論と言われても、その理想を語らないことには、政治は単なる利害の調整になってしまう。
福田は戦後の自民党政治の中枢にありながらこの理想を語り続けた政治家という意味でも、稀有な存在だったのだということが分かった。
福田が政治家として活動をしていた期間には、田中政治を中心とする派閥政治がどんどん拡大していった時期であり、現実の政界は福田が理想とした状態からは徐々に遠ざかっていったように思う。
福田自身も派閥政治の中での権力闘争や駆け引きを好んでは行わなかったという姿が描かれており、このことが約2年で政権を降りることになった原因にもなっている。
しかし、1990年代以降には、小選挙区制の導入や政権交代を経て、派閥政治や金権政治の解体が徐々にではあるが進みつつあるように思う。その上で福田が理想とした政策の議論による政治は、まだ未完成ではあるが。
理想を持った実務派の政治家である福田の姿を知ることができたのは、この本を読んでの非常に大きな収穫だった。また、日本の戦後政治において政策形成がどのように行われてきたのかを実録として知るという意味でも、充実した資料を基にまとめられたとても貴重な本であると感じた。
- 感想投稿日 : 2022年3月27日
- 読了日 : 2022年3月26日
- 本棚登録日 : 2022年3月16日
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