青い眼がほしい (TONI MORRISON COLLECTION)

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レビュー : 21
さおりさん こころに触れる   読み終わった 

青い眼がほしい。

世の中がかわいい、とするもの。青い眼をした肌が白いベビードール。
それを素直にこれが正解だと鵜呑みにせずに、自分には理解できないが世間が「かわいい」とするその秘密を探りたいと人形をバラバラにする主人公の姿は、とても人間的で実直だ。

あの子がかわいいということが正しいとすれば、わたしは可愛くない。
どんなに努力しても絶対的に到達することができない、違う次元に立っていることを世の中がさも当たり前の事実として突きつけてくるような感覚。地獄だと思う。自尊心を踏みにじられる想いに口の中が苦くなる。みんなちがって、みんないいはずなのに。

彼女はなぜ、自分の持っている美しさがわからなかったのか。
根本的に自分を変えたいと、何の疑いもなく願ったのか。

黒人の少女が主人公の話で人種差別が多く描かれているが、お涙頂戴ではなくとにかく淡々と語られていることで、自分とは関係ない「ある黒人少女の可哀想な物語」ではなく、とても客観的に眺めることができた。余計な演出がないからこそ、じわじわと苦しさが残る。誰も極悪人ではなく普遍的であり、その状況に陥ったら自分がどの立場になり得ると思うと背筋が伸びる。

外国の作品は、日本語への訳に違和感を持ってしまいどうも入り込めないことが多いが、この本は、何度も読み返してしまうほど美しい表現が沢山あった。
丁寧に味わいながら読みたい本。

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 外に出ると、ピコーラは説明しがたい恥かしさが引いていくのを感じる。

 たんぽぽ。たんぽぽに向かって愛情が矢のように飛びだしていく。しかし、たんぽぽは彼女のほうを見もせず、愛に報いてくれようともしない。彼女は考える。「たんぽぽは醜い。雑草なんだから」。その新発見に気を取られて、ピコーラは歩道の割れ目につまずく。怒りが心の中でうごめき、目をさます。それが口をあけ、口の熱い仔犬のように、恥にまみれた傷口を丹念になめてくれる。
 怒りのほうがましだ。怒りには生きている感じがあるから。現実と存在感。価値の自覚。怒りは、すばらしい感情の湧出だ。彼女の思いは、ミスター・ヤコボウスキーの眼と、痰がからまった声に戻る。怒りは持続せず、仔犬はあまりにも簡単に満腹してしまう。のどの渇きはあまりにもあっけなく鎮まり、仔犬は眠る。すると、ふたたび恥かしさが湧き上がり、その泥で濁った小川が眼のなかに浸みこんでくる。涙が出ないようにするには、どうすればいいのだろう?

レビュー投稿日
2016年12月2日
読了日
2016年11月15日
本棚登録日
2016年12月2日
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