ドラマを先に見ていたので、登場人物全員がドラマキャストで脳内再生される(笑)
明るくパワフルで、元気の出る物語でした。主人公の毒舌が好き。
ファッションブランドが架空のものでなく実名だったり、主人公のファッションに対するこだわりが仔細に書かれていて、現実感があって良かった。

宮木あや子さん初読みは『雨の塔』だったので、その静謐で繊細な雰囲気とのギャップにびっくりした。
角田光代さんが解説で「宮木あや子さんは、小説という場において、ものすごく衣裳持ちなのではないか。」と仰っていて納得。
宮木さんの他の本を読むのも今からとても楽しみ。

2019年3月31日

読書状況 読み終わった [2019年3月29日]

 翻訳家・金原瑞人さんのエッセイ。
 児童書、ヤングアダルト小説の翻訳を数多く手がけておられる方で、わたしも中学~高校生くらいで海外のYA小説をよく読むようになった頃、金原さんという翻訳家さんを知った。
 本書は雑誌に連載されていた短いエッセイを一冊の本にまとめたもの。序盤では、特に子供向けに書かれた夢溢れるファンタジー小説や、その後に登場するヤングアダルト小説の歴史について簡潔に書かれており、児童書、ヤングアダルトというジャンルが発生する社会的背景や現在に至るまでの変遷を知ることができる。若者向けのYA小説がアメリカで誕生したのは1970年代で、まだ50年ほどの歴史しかないのかと驚く。さらに、当時はもっとシビアな内容で、主人公が苦悩し、必ずしもハッピーエンドでは終わらないものだったものが、いまの明るく前向きな気持ちにさせてくれる内容のものが主流になるのには、社会的な背景も大きく影響しているのがわかる。
 そして、翻訳の仕事に関するエッセイ。「児童文学、YAの翻訳の際に、いまの若者の語彙や言葉遣いが自分のなかになく、翻訳ができずに愕然とする」といった内容が特に印象的だった。主人公の一人称で話が進んだり、地の文まで若者言葉で書かれていることも多く、そのために訳者の方が心を砕いているということに、今更ながら気付いた。
 金原さんは歌舞伎や人形浄瑠璃、落語など日本の古典文化にも造詣が深く、海外文学について話をする際にも比較などで引き合いに出して語られているが(人形浄瑠璃『妹背山婦庭訓』が『ロミオとジュリエット』の類話であるなど)、とても造詣が深くびっくりした。
 さらに、本書のタイトルにもなっているカクテルのマティーニについて。面白すぎて読み返しても思わず笑ってしまう。わたしも今後、マティーニを飲むときの参考にしようと思う。
 一つ残念なのは、本書のなかで魅力たっぷりに紹介されている数々の作品が、すでに絶版で手に入りづらかったり、そもそも邦訳書が出ていないということ。とりあえず絶版本に関しては一覧メモにして図書館で探してみたいと思う。

2019年3月13日

 音楽という文化によってドイツと繋がった日本人の青年が、閉ざされた東ドイツ国内から変革を目の当たりにする時代小説。
 1989年、昭和が平成へ改まった日から物語が始まる。同年、冷戦下ドイツの東西分断の象徴であるベルリンの壁は壊される、緊迫した情勢のなかへ音楽学院の留学生としてやってきた日本人、眞山柊史は、抑圧された東ドイツ社会のなかで苦悩し、戦い続ける人々を間近に見て、時に音楽を通じて東ドイツという国やそこに住む人々を見ていく。
 クラシック音楽の本場を舞台に音楽を語るだけでも充分ボリューミーだろうと思うのに、そこに1989年の混迷極まる東ドイツの情勢まで盛り込もうというのだから、果たしてどうなるのだろうと楽しみ半分、不安半分で読み始めた。
 音大生としては初っ端から優秀な学友に遅れを取る、外国人で学生という身分が邪魔をして東ドイツ情勢を主人公がくみ取るまでにも時間がかかり、始まりは鬱々としているが、ひとたび事態が動き始めると、主人公が音楽的にも社会的にも否応なく渦中に巻き込まれていくのと一緒に、ぐいぐいと本のなかの世界に引き込まれていった。
 作中にはたくさんのクラシック音楽の演奏シーンが出てくるが、音楽を言語的に表現するのはどうしたって難しく抽象的になるが、それらを奏でる学生の個性的豊かな内面と絡めることで美しい心理描写になっていて、読みどころのひとつ。
 学友として北朝鮮やベトナムといった東洋の東側諸国からの留学生がそれぞれの背景を抱えて登場し、西側の日本人留学生である主人公との違いについて言及されているのが面白かった。
 読み応えも大きく、一度引き込まれたらあとはノンストップ。読了と同時に涙が出て、しばし呆然としてしまった。

2019年3月10日

 心をなかを覗き込まれるような、怖い本だった。辻村さんの書く暖かい物語から良心を取り除くと、こうした悪意を全面に出した話ができるか、と思った。それが現実に起こっていてもおかしくないところが、また怖い。
 四編すべてに共通する感情は「執着」なのだと思う。「一番になれる相手」「軽蔑すべき大人」「支配的な母親」「嫌いな同級生」、執着するあまり盲目的で、物事の一側面だけをすべてだと思い込んで、顧みようとしない。過去は人の心のなかにそれぞれ、違う形で思い出として刻まれていて、客観的に検証することはできない。
 そうして「ある過去について」、「噛み合わない会話」が繰り広げられる。

2019年3月6日

 読書の有用性について、平易で明快な文章で書かれている。読書好きが言いたいことをことごとく代弁して貰ったようで嬉しかった。
 以下、著者が作中で語っている内容について、特に共感した部分と思ったこと。

「無知の知を知る」
 まさしくわたしが普段の読書で意識していることで、本というのは大抵、個人または複数の著者の持てる知識と筆力を尽くして書(描)かれるもので、一冊でたくさんの知識や学びを得ることができる。世の中に無数にある本の数だけ自分の知らないことがあると考えると、自分の知識の小ささと読みたい(知りたい)本が無数にあることに気が遠くなったりもする。

「考える読書」
 本の内容について「なぜ?」「どうして?」と疑問を持ち、それに対する自分なりの答えを考えながら読んでみる。学術書や実用書なら、著者の言っていることは正しいのか理論的に考察してみる、小説などのフィクションであれば、登場人物の心情や言動の理由を想像してみる、など。ついでに、巻末に参考文献一覧がついていれば、さらに参考文献を辿ってみて知識を深めていくのも楽しい。読書によって読みたい本が増えて知識も深まっていく、読書スパイラル、というか読書沼。

「本は食べ物と一緒」
 自分で面白そうだと思う本を探して読め。どんな本でも、興味のあるところから入っていって、好奇心の刺激される方向へさらに知識を求めていくと、読みたい本の幅も増えていく。わたしも今の自分が小説以外の本を好んで読むようになるとは思ってもみなかった。

「史料性の高い本には、その行間を自分の想像力と思考使って埋めていく楽しさがある」
 妄想系オタク女子か、と思ってしまってすみません。断片的な情報を繋ぎ合わせて頭のなかで風景を再現するのはとても高度な読書だと思う。こうした読書をできるようになりたい。


 その他、経営者としての著者の経験談として、「虚栄心は人が向上したり、社会が発展していく上で欠かせない」「優秀な人ほど隠し事をする(嘘をつく)」など。誰もが持っている業のようなものを否定せず前向きに捉えていることに目から鱗が落ちた。



 本書の印税は全額寄付されるとのことで、寄付先の一つに「滋賀大学経済学部附属資料館」が挙げられており、浅からぬ縁のある身としては、偶然ながら微少な貢献ができて良かった。

2019年2月13日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2019年2月10日]
カテゴリ 自己啓発:読書

 二人の保育園児を育てる共働きの夫婦、その夫を主人公にした育児に関する5つの短編集。
 「イクメン」という言葉と父親について、激化する都会での「ホカツ」、「お受験」、保育園や幼稚園での「お誕生日会」など……、育児や親子、夫婦の関係について書かれている辻村深月作品は多いけれど、『朝が来る』に続いて今回もかなりリアルに書かれているのだろうと思う。

 わたしがたまたま、将来的に必要だった知識なのと、Twitterなどで育児中の親の叫びのようなコンテンツが流行っていて触れていたので苦にせず読むことができたけれど、この手の知識のまったく必要のない人にはきっと受けないだろうなとも思った。汎用性のある作品ではないけれど、こういう本が欲しいと思う人には、とことん響くだろう。

 ミステリー出身の作家さんなだけあって、それぞれのエピソードでは、親同士の付き合いのなかで謎ができて、主人公や妻がその謎に近づいて状況を推理し、最後に推理小説のように主人公が謎解きを披露する、というストーリーの組み立てがされていて面白かった。

2018年10月17日

 まったく事前知識がなく、ペンギンが出てくるんだなぁ、くらいで読み始めて、いきなりの突飛な設定に驚きつつも、半分過ぎたくらいから夢中になって読んだ。
 こういう、科学的根拠のないような謎のSFは好き。荒唐無稽な感がありつつも、作中の論理やストーリーに破綻がなく綺麗にまとまっているところが、さすがは森尾登美彦作品。
 映像化したら綺麗だろうと感じたので、映画版もそのうち見てみたい。
 

2018年10月17日

 事実をもとに脚色したフィクション小説。
 アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所内、囚人であるフレディ・ヒルシュが開いた子供ための学校がある。そこで図書係を任された少女、ディタを主人公に、時に彼女の周囲の人物に視点を移しながら語られる、アウシュヴィッツの悲惨な日常と、解放までの過酷な道程。
 図書館のティーンズコーナーでこの本を見つけた。大人でも十分に読みごたえがあるが、平易な言葉を選んで書かれており、中学生や高校生向けだと思われる。

 アウシュヴィッツの名前や強制収容所の悪夢のような事実は、学校も習う有名なものだし、子供の頃にアンネの日記を漫画で読んでいたから、大体のことは想像がついた。それでも、負の遺産は何度触れても痛ましい。

 人一倍の勇気と正義感を持つ少女、ディタは、収容所内には持ち込み禁止であるはずの書物、そのたった8冊の管理を担う「図書係」を、学校のリーダーであるヒルシュから託される。見つかれば即刻処刑という危ない仕事だが、必ず学校の建物内でのみ扱い、持ち運びの際には服の中の秘密のポケットに仕込むなどの工夫で監視の目をかいくぐる。
 絶望の淵に沈みながらも、囚人たちのレジスタンスのようにほんのわずかに希望の光が覗く瞬間を狙い続ける人たちもいる。「戦争が終わったあと、普通の生活に戻るために学ぶ」というようなセリフがあって、それがとても印象に残った。
 未来を諦めなかった人たちの記録や証言によって、アウシュヴィッツや各地の収容所でのホロコーストの実体が、いま、克明に残されているのだろう。

 物語を読破された方は、著者あとがきでこの本が書かれることとなった経緯もぜひ読んでみてください。

2018年10月17日

 綺麗な写真の添えられたエッセイだろうくらいに思って買ったら、写真なんて一枚もなかった(電子書籍版)。それでも全然問題なかった。

 「吟遊科学者」を自称する作者による、辺境の地を旅した旅行記。作者はあくまでも科学者なので、語られるのはその地域の地層など地形の特徴や生物、美しい景色などについて。
 サハラ砂漠から始まり、日本の南は鹿児島の島々から北は北海道の北の果て、そして北極と南極を旅し、最後は宇宙へ思いを馳せる。
 ユーモアをまじえながら知識をわかりやすく披露する語り口は、とても面白い授業あるいは講義を聞いているような気分になる。
 地球が現在の姿になるまで、人類の誕生と進化の過程、世界史や科学の知識を織り交ぜながら語られる地球の歴史や、宇宙の未来の姿への考察はまさに「事実は小説より奇なり」。とても壮大な物語の断片を語り聴いているようで終始ワクワクし通しだった。
 広範な知識を複合的に組み合わせなければ、こうもワクワクさせてくれる語りはできないと思う。

 地球の各所の多層的な歴史、そこに織り込まれた人の営みの記録から感じられる祈りや思いの断片に触れた瞬間には感動するし、さらには宇宙へ思考を飛ばし、無辺の宇宙のなかで、地球が絶妙なバランスや偶然の重なりによって生命の栄える水の惑星となったことなどを思うと涙さえ出そうになる。
 自分にもっと学力と行動力があれば、この本の作者のようにサバイバルな環境にも身を置き、そこでしか見られない美しい景色を見て、遥かな歴史や宇宙に思索を巡らせたいと思うのだけど……。

2018年10月1日

 パリを舞台にあらゆる物事に挑戦する日本人へのインタビューをもとに書かれたエッセイ。
 芸術のパリに憧れ、夢を追って生き生きと活躍する人たちが描かれる。

 三ツ星レストランの厨房で働く女性、
 芸術家の集まるアトリエに住み、絵で生計を立てる女性、
 日常を切り取るカメラマンの男性、
 パリの中心地に漫画喫茶を開いた男性、
 オートクチュールの紳士服テーラーで働く女性、
 パリコレなどの一線で活躍するスタイリストの男性、
 ハイパーヨーヨーを芸術の域へ高めた男性、
 パリの国連事務所でバリバリ働く女性、
 フランスに日本発の鍼灸を広めた男性、
 パリの一等地に花屋を開く男性。

 パリは決して万人に住みよい街ではないし、外国人がフランスで仕事を得るためには、煩雑な手続きを経たうえで、さらにとんでもない倍率をくぐり抜けなければいけない。しかし、そこには世界のトップレベルの芸術性があり、夢を追う人々が集う。パリは人を魅了してやまないものが確かにある。
 人生のなかでたまたまパリの魅力に触れ、パリへ赴く機会を得て、そこに夢を掴む手がかりを得るだけでも奇跡的なことだと思うが、そこからさらに夢を掴み、パリで「メシを食う」=生きていく人はとても強い人だと思う。

2018年9月25日

 以前から気になっていたシリーズもの。
 美貌の宝石商リチャード氏と、偶然彼を助けた、名前の通り正義感に溢れた実直な大学生、正義のコンビが、宝石店を訪れるお客と彼、彼女らの持つ宝石の謎に迫っていくライトミステリー。ミステリーの手法よりはキャラクターを魅せるほうに偏っているので、分類するならキャラクター小説かな。

 宝石のような完成された美貌のリチャード氏の毒舌と、彼にたじたじしつつも、持ち前のまっすぐな性格で言うことは言う(うっかり言ってしまう)正義のコンビが良い。経営者とバイトという力関係のある会話も面白しい、リチャードが冷静の物事を分析し、正義が熱血な性格とおせっかいを働かせてお客の懐へ入り込んでいくデコボコ感が良い。
 あと、リチャードの紅茶とお茶請けへのこだわりが垣間見えるシーンと、正義が片思いの相手、石を愛する岩石屋女子、谷本さんが出てくるシーンがとても好き。

 軽くさくさく読めて、少し気持ちが沈んだときに前向きな気持ちにさせてくれる。続刊も少しずつ読んでいきたい。

2018年9月23日

 この春に、松坂桃李主演で映画化して話題になっていて知った。改めて出版年見ると、本が刊行されたのはけっこう前なのか。

 東京の名門大学生、リョウ。大学へは滅多に通わず、日々バーテンダーのバイトをしながら過ごしていると、やってきた女性客に「娼夫」の仕事を持ちかけられる。

 官能小説だけど、セックスを通して女性の内面を包み込むように眺めるリョウの視点は嫌味がなく、読む前に疑っていた性的に女性を搾取するような話でも全然なかった。むしろ登場人物の一人が言うように、女性の性の自由を書いていると感じた(まあ、商売としてやっていることは犯罪なのですが)
 巧みな比喩表現がふんだんに織り込まれた文章が、華美すぎずすっきりと美しくてとても良かった。

2018年9月17日

 初読み、宮下奈都(なにかのアンソロジーで読んでいた気もするけど、単独では初)

 結婚を間近に控えての婚約破棄で失意のどん底に沈んだ主人公の女性、あすわ。おせっかいな叔母、ロッカさんのアドバイスに従い、目標をリストにした《ドリフターズ・リスト》を作り、それを実行しながら立ち直っていく。
 『太陽のパスタ、豆のスープ』のタイトルの通り、あすわが立ち直る過程で、彼女自身が毎日作るの料理が大きな役割を発揮する。

 やりたいことや目標のリストアップといっても、いざそれを実行するときに引っかかったりする。例えば、綺麗になる、好きなことをする、といったことは漠然としていて、いざ実行するときに躓いたり悩んだりしてしまう。「綺麗になる」から具体的にしていって、服を買う、髪を切る、としても、じゃあ、どんな自分になりたいのか、そうなってどうしたいのかというその先が見えないと、そこでまた頭打ちになる。
 そういったことをわたしも繰り返してきているから、あすわが立ち直る過程で、リストを見直したり、身近な人物の在り方に憧れを抱き、自分の顧みてより具体的になりたい自分をイメージしていく、という考え方の過程にとても共感した。
 同時に、人の良い部分を見るのは大事だけど、そこで自分と他者を比べて過剰に自分を卑下するのはダメ、他者から見れば自分もちゃんと魅力を持った人間なのだから自信を持て、というメッセージもあって、とても励まされた。

 普段はわりと非日常的な、事件や大きな出来事があって、大きく動く物語を読んでいるので、読む前は、こういう日常のなかから自分を顧みて少しずつ成長する話が退屈じゃないかと心配していたけど、まったくそんなことはなかった。
 わたしもあすわと同じ28歳で、いまのタイミングで読めてとても良かった。

2018年9月17日

 不妊治療の末、「特別養子縁組」の制度によって子どもを迎えた夫婦と、生まれたばかりの我が子を託した少女、二人の視点から語られる物語。
 不妊治療や望まない妊娠、養子縁組制度についてなど、社会問題にフォーカスした話だった。女性の生き方、母親になる、ということについて考えさせられる。
 難局を乗り切って心温まる結末……なのだろうけど、実際にいまの社会が抱えている問題だけに、完璧なハッピーエンドとはいかない。自分のいる場所のすぐ傍にある社会の暗部が描かれていると思うと、とても怖かった。

2018年9月10日

読書状況 読み終わった [2018年9月10日]
カテゴリ 特集:辻村深月

 主人公とその弟・春の高校時代の回想から話が始まり、そして大人になったいま、家族のあいだに横たわっていた問題が再び動き出す。
 扱われている題材はとても重いもので、実際、当事者である春や、兄の泉水、両親のことをリアルに想像するのも怖いくらいだが、そこはこの作家さんの作風で、一人称視点で主人公以外の登場人物の感情に触れず(読者は人物の行動から感情を類推する)、物事の説明に学術や芸術、文学作品を用いてはぐらかしたり、なにより登場人物同士の軽妙な会話でくすりと笑わせてくるようなところがあって、深刻な話であってもあまり重苦しさは感じない。
 そういう意味では、作中に出てくる台詞、「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」が、この作品を見事に物語っていると思う。

 物語は終始、兄の泉水視点で春を見ていくような展開だが、意図的に端折られているところもあり、破天荒な弟とそれを見守る兄が同時並行でたくらみごとをしている立体的な構図が良かった。伊坂さんの持ち味という感じがする。

 物語自体は嫌いではないけど、もやもやした後味の悪さが残ってしまった。それにしても黒澤さん、良いお仕事。

2018年9月7日

 人間と魔族が共生する社会で、人魔共存のために日夜任務に励む人間の主人公ライルが、テロリスト相手に立ち回る、銃あり剣あり魔法ありのハードボイルドアクションファンタジー。
 今作だけでも話としては独立していますが、前作からの地続きで語られることも多いので、前作「竜と正義」も読まれることをオススメ。
 当初は平凡な任務のはずが、前回よりもさらにハードな、世界を混沌に陥れる陰謀に当たることになり、結果、おのれの信念に従ってずぶずぶと命の危機へ踏み込んでいくライル。調停局ってもっと有能な人員いると思うのだけど毎回毎回ライルと相棒役が孤立無援で戦うことになるのなんでだ、というか今回の規模ならもっと周到に人員配置できたのではと思わなくもないが、その点について考えてはいけない。
 実際の現代でいうと核兵器に相当する兵器を大国二国が持つことでパワーバランスを保っている世界。そのパワーバランスを破壊しようとたくらむテロリスト、テロリストの裏で糸を引く謎の存在……。
 謎が謎を呼ぶ前半、解決の糸口を見つけ突き進んでいく中盤、そして終盤でのどんでん返し。相変わらず面白くて、中盤過ぎるとページを繰る手が止まらなくなります(Kindleだけど)

”大量の想いが集まり作り上げたモノが、俺達を苦しめ、そして守っているのだ。俺達が生んだモノのはずなのに、今では俺達を操っている。意志も使命もなく、増長しようという目的のために” --ロケーション5232

 「個人と国家」というタイトル。誰もが自由意思を持つ個人でありながら、国家の社会構造が定める『基準』に従い、時として本来自分が思うほうとは逆の物事を選択する。
 そんな葛藤を抱きながら、「国家のため」と手を取り合う味方たち、個人であることを犠牲にして国家に殉ずる敵もまたかっこいいけれど、絶対的な悪者がいないがために、やるせない気持ちが残る。
 ぜひ続刊を出して、このもやもやを少しでも晴らしてほしいです。

 竜種の姫クーベルネを家族として迎え、家庭と仕事の両立に苦しむライルと、みずからも調停局員として任務に殉ずるライルによって救われたクーベルネの、捨て身で任務に挑むライルを応援したくも、いつか死んでしまうのではないかと心配でたまらないじれじれ新米兄妹の関係がとても癒しになる。
 二人がこの先どのように家族になっていくのかも、とても読みたい!

2018年8月23日

ネタバレ

 異世界ファンタジー。人間と魔族が存在する世界で、双方が一つの社会で共存するために日夜平和維持に当たる機関「人魔調停局」。その一員である主人公ライル(人間)が事件に立ち向かっていく。
 一人称視点で、熱血主人公(ただし公務員としての分別はある)というライトノベルらしい書き口だけど、舞台設定や社会構造、人間が魔法を使うための魔具の仕組みまでしっかり世界が作りこまれていて、土台の安定感とラノベらしいキャラの立ち方と相俟って、とても読みやすく面白かった。特に、人と魔族の共存にスポットを当てているだけあって、そのあたりの深刻な社会問題や、どうしても身体能力で魔族に劣る人間がどのように魔族と対等となっていったかの歴史、といったところが説明されているのが好みだった。
 作中で幾度となく戦闘シーンがあるが、すごく熱い。強靭な身体能力や特殊技能を駆使する魔物に対し、人間であるライルは銃と魔具で挑むが、身体能力が脆弱なために圧倒的に不利な状況になる。それを、ライルと彼をサポートする同僚アルミスの息の合った動きで覆していくのがすごくかっこいい。
 人魔共生を掲げてはいてもその実は一枚岩ではなく、たった一人の魔族の少女をめぐってあちらこちらで駆け引きや攻防が起こる。単純なハッピーエンドで終わらないところなど、ハードボイルドな面もある作品。
 ファンタジージャンルで、骨太な設定と手に汗握る戦闘シーンを求める方にオススメ!

2018年8月16日

 東京は初台にある、本の読めるお店「fuzkue(フヅクエ)」店主による一年間の日記。
 内容は読書だけでなく日常全般(その日の天候や体調であったり、なにを食べて飲んだか、など...)やお店の経営のことなどにも及ぶのだが、そこに通底して本の存在があり、ほぼ毎日欠かすことなくなにかしらの本が彼によって読まれ、そして語られている。
 その空気感というか、文章から漂ってくるお店の雰囲気や本へ向かっているときの静寂、また、彼の見聞きしたものが文章を通して頭のなかで生き生きと再現されていくような感じがあって、とても良かった。
 日々あったことをただ記録するだけ、とはいえ日記は存外に難しく、しかもそれを人に読まれる「読み物」となる前提で書き、かつ、読んで面白いものにするというのは本当に脅威的な文才だと思う。
 1100ページという鈍器級の分厚さを誇る本だけど、読んでも読んでも終わる気配がないことに幸せを感じた本は久しぶりのような気がする。一ヵ月ほどじわじわと、噛み締めるように読んだ。

2018年8月16日

読書状況 読み終わった [2018年8月16日]
カテゴリ エッセイ

 「プライドが試される」という言葉が胸に刺さった。
 プライドを守るために生きにくい道を選んでしまうことが往々にしてある。どうしてこんなものが自分のなかに存在しているのかと泣きたくもなる。他者からの善意を素直に受け取れなかったり、失敗を恐れて挑戦することを避けてしまうのも、プライドが邪魔しているのだろう。
 他を拒むことなく、差し出されたものを受け入れることは、プライドを捨てることではなく、むしろそれをどう受け入れるかどうか、そこでプライドが試されていると、この本には書かれていた。
 人はもちつもたれつ。なにかを与える側が、受け取る側の反応によって嬉しくなったり悲しくなったりするように、一方的に見える行為にも、そこには必ず相互に作用する関係がある。受け取る側に心地よい与え方はなにか、与える側に気持ちよく感じてもらう受け取り方はどんなものか、そうやって相手を想うことは、視野を広げて、プライドを成長させるきっかけになるかもしれない。
 とはいえ、理屈がわかったところで頑ななプライドの質を変えるのは容易ではなさそう。自分の内側を見つめ、他者との境界を分析するのは難しく、精神的苦痛を伴う。変えられる範囲で変えていきながら、どうにもならない部分は生まれ持ったものと開き直るくらいがちょうど良いのかもしれない。

2018年5月23日

 東北新幹線で行く帰省旅の短編集。各話タイトルに花の名が取られていて、ぜひ春に読みたい。

 2話目の「からたち香る」は、主人公の女性が婚約者の男性と彼の実家を訪ねる話で、主人公が婚約者を「息子という馬鹿な生き物」と評していて、胸がすく思いがした。
 「馬鹿」というのは、「頼りない!頼りないけどかわいいなぁもう!」くらいの意味だと思っている。

2018年5月9日

 読書録というか、読んだ本について簡潔に語るために参考にしたくて、たまたま見かけたこの本を手に取りました。

 雑誌で連載されている、「本のなかの食」を、堀江敏幸さんと角田光代さんが交互に語った読書録。
 いかにも美味しそうな描写として紹介されているものもあれば、ほんの少しの描写で、味について言及されていなかったり、あるいは、いかにも美味しくなさそうなものについても語られているのが面白かった。

 角田さんが「本に出てくる食べものというのは、読むことでしか食べられないのだ。」と語った、その通りだと思う。
 わたしも、小説のなかに出てくるものを食べたくなるときがあって、買ってきたり、手順が書かれていればその通りに作ってみるが、読んで想像した味とはいつも違うものになる。例え全国チェーンの、どこで食べても同じ味だという食べものでさえ、小説と現実では少し味が違うような気がしてくるから不思議。
 美味しいまずいではなくて、文章を通して想像しながら味わった味は、実際に舌に載せてみることでは再現ができないのだと、プロの作家の方が言っているのだから間違いなさそう。
 それでも、小説に出てきたものを作ったり食べたりするのは、読書で感じた空気や、登場人物の心情を追体験したくて、本に出てくる食を、また探したり作ったりするのは、業のようなものか。

2018年4月25日

読書状況 読み終わった [2018年4月21日]
カテゴリ エッセイ

 誰にでも経験があると思う。恋愛や友情、自分が大切にしてきたものを、突然失ってしまったり手放してしまわなければいけなかったり。
 そういう瞬間に、絶望感に打ちひしがれて空っぽになって、それからまた、希望というほど大したことはない動機で自然と立ち上がる。そんな物語の詰まった連作短編集。舞台は東京・錦糸町。

 最初の一話「泥雪」に出てくる、主人公が購入する絵画は、雪景色のような花吹雪のような白く抽象的な絵画で、その白い純潔なさまに心惹かれる人もいれば、殺風景で「暗い」と表現する人もいる。
 その作家がのちに撮った映画「人魚姫」が、連作通して随所で出てくるのだが、こちらも評価する人によって好悪がはっきりと分かれている。
 「泥雪」の主人公は、その映画を見たことをきっかけに、自分の購入した絵画へ自分が抱いていたイメージを一変させてしまう。一見は白く純潔な絵の下に、どす黒い世界が隠されているのかもしれない、と。
 しかし人間とはそんなもので、白い絵画のように表面上は何事もなく順当に幸福に生きているように見える他人も、もしかしたら見えないところでは誰もが日々の暮らしのなかで問題を抱えて、もがき苦しんでいるのかもしれない。その問題を解決する方法を模索しながら、あるいは、時間がゆっくりと解決してくれるのを待ちながら。
 だから、絶望感に囚われて、すべての人に嫌われているように思えて、居場所がなくて、生きづらいなと感じるときにも、自分を嫌う人がいるのと同じく、好いて必要としてくれる人がいるのだということを忘れないで、と。必ずどこかにあなたの居場所はあるから、と。
 この本はそうやって、日常のなかで立ち止まったときに一歩踏み出す小さな勇気を与えてくれる気がします。

2018年4月25日

 実在の場所「東京會舘」を舞台に、創業の大正から平成の建て替え閉館までを描いた連作短編集。
 下巻は、昭和後期から平成の新館時代。
 夫との思い出の場所を一人訪れる妻、越路吹雪のディナーショー、東日本大震災の日の出来事、芥川賞・直木賞授賞式のこと。
 特に震災での出来事は、当時のことが身近に迫って感じられました。

 大正や昭和の物語が、平成の物語で想い出として語られたり、昭和には新人だった人が最後には支配人になっていたり、時代の流れを感じられるギミックも盛り込まれていて素敵でした。
 作者さんの東京會舘への敬愛が至るところに溢れた本です。

2018年4月11日

読書状況 読み終わった [2018年4月10日]
カテゴリ 特集:辻村深月

 実在の場所「東京會舘」を舞台に、創業の大正から平成の建て替え閉館までを描いた連作短編集。
 上巻は大正から昭和の中頃まで。東京丸の内で歴史的な出来事の真っただ中に置かれていた頃の東京會舘のお話。
 財界政界の大人物も聴いたクライスラーの演奏会、戦争へ向かい本来の東京會舘としての業務を中断させられた時代、戦中の結婚式、GHQのクラブとしての歴史、今の東京會舘まで受け継がれる「ガトー」の始まり。
 物語そのものはフィクションですが、入念な下調べとインタビューによって実際の人物やエピソードも交えて、とても丁寧に描き出していると感じました。
 感動します。

2018年4月11日

読書状況 読み終わった [2018年4月10日]
カテゴリ 特集:辻村深月
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