
書名や表紙が話題になることが多いが、副題も重要。軽々に韓国を「理解したつもり」になっても、実は「困難」と「重み」があることに気づくことが大切。人口同規模の南アやミャンマーには、軽々に「理解したつもり」になんてなれないのに。また、「だまされないための」と書名にあるが、何に「だまされないための」なのかは、本書の中では直接的には言及されていない。しかし通して読めば、世に溢れるいい加減な韓国論に、ということだろうと想像できる。
対談は2月、発売は5月の大統領選挙日。文在寅当選が想像できたとは言え、何とも中途半端な時期で、もう少し待って朴槿恵弾劾や文在寅政権の方向性を分析してからでも良かったのではという気もする。
中身は、両対談者が各所で述べていることと軌を一にしている(両者の違いを明確に読み取るには至らなかったが)。韓国と分かり合える・歴史認識を共有できるというのは幻想、韓国の「正しい(歴史認識や政治)」とは「本来あるべき理想の姿」という意味合い、等。「国民情緒法」は、必ずしも韓国特有でないとの指摘もあった。
他方、朴槿恵政権の中盤までの対中傾斜は別に対米離反を意図していない、韓国では左右の対立は経済面ではなく対北朝鮮姿勢(しかし選挙では「北風」は影響を及ぼさない)、という、今の自分には理解が困難な部分もあった。
また、韓国の分析というか理解の手法として、対象から一歩引いてマクロに眺めることの必要性については両対談者とも共通しているようである。
司会に中国専門の安田峰俊氏を持ってきていることで、たとえば統一に対する韓国人と台湾人の感情(現状維持)の類似性、といった中国からの視点もあるにはあったが、何とも中途半端。いっそ鼎談形式にした方が面白いのではとも思ったが、それはそれで本の焦点が韓国なのか中国なのかぼけてしまいそうでもある。
- レビュー投稿日
- 2017年5月31日
- 読了日
- 2017年5月31日
- 本棚登録日
- 2017年5月31日