チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

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本棚登録 : 698
レビュー : 87
制作 : 松本 妙子 
澤田拓也さん ノンフィクション   読み終わった 

2015年のノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシェービッチ。彼女の著作『チェルノブイリの祈り』を読んで衝撃を受けた。ノーベル文学賞が、受賞作に選んだ著作をある種の意図をもって世の中に広める役割を担うのであれば、彼女の受賞は正しい選択と言ってもいいのではないかと思う。

この本は、著者がチェルノブイリに関わった人々、原発の従業員、科学者、党官僚、医学者、兵士、移住者、帰還者(サマショールと呼ばれている)、農民、インテリ、など様々な人の語りを記録し、1986年の事故から10年度の1996年に発刊されたものである。本のフォーマットは、ドキュメンタリーという分野に属すると言っていいだろう。しかし、文学の役割が、言葉によって言葉によってでなければ伝えることができないことを伝えるということだとすると、正にこれこそが文学と言えるだろう。映像でもなく、科学的調査報告でもなく、文学しか作ることのできないメッセージがそこにはあり、本の形にまとめられて出版されることの意義がある。

チェルノブイリの事故は、ソビエト連邦体制の中でその崩壊のときとともに起きたことでその悲劇性を増すこととなったのだと思う。そのことに反対する人はおそらくはいないだろう。 著者は「二つの大惨事が同時に起きてしまった」と言い、社会主義の崩壊という社会的な大惨事とチェルノブイリという宇宙的な大惨事という「ふたつの爆発が起きた」という。政治的なシステムが相俟ってその悲劇を増幅することとなった。住民のパニック抑止を優先し、知らしむべからずという方針を取ることとなった政府組織。「知りながら害をなすな」という倫理に背き、住民を避難させず、配備されているヨウ素剤の配布も怠ったベラルーシ政府。国への忠誠と奉仕の精神を利用して、チェルノブイリに送り込まれた兵士たち。また様々な人の告白の言葉には、ウクライナ・ベラルーシの土地に刻まれた戦争の傷跡を感じ取ることができる。彼の地は、独ソ戦での激戦地であり深い記憶として刻まれているし、招集された兵士たちの中にはアフガン戦争を経験したものも多数含まれていた。チェチェン紛争やタジキスタンの民族紛争を逃れて、この地にたどり着いたものもいる。そういった様々な人達の語りを綴る。ベラルーシという国の行く末、子供たちへの影響。あの日からわれわれは「チェルノブイリ人」になったという人々の前に「チェルノブイリ」はまったく新しい現実としてそこにはある。

本を読み終えて、福島の後でさえ自分はチェルノブイリについて何も情報を確認していなかったことにも少なからずショックを受けた。 2011年3月11日の前、もしくはその後に、この本を読んでいたら、自分はあのとき同じような精神状態にあることができただろうか。自分は、何かを心の底では避けていたのだろうか。

「何度もこんな気がしました。私は未来のことを書き記している…。」と書いて、副題に「未来の物語」と付けたアレクシェービッチの想いは、福島の事故に対してどのように届いたのだろうか。福島で起きたことと、チェルノブイリで起きたことを短絡的に結び付けることには、少なくない抵抗感がある。広島・長崎とチェルノブイリとを短絡的に結び付けることもそうだ。それでも、放射能というものが与えてしまった影響に向き合うとき、それらを知ってしまった今となってはある種の覚悟を必要とするものになったと言わざるをえない。


この本を読みながら、かつて見たホロコーストの記憶を膨大な長さのインタビューで綴ったドキュメンタリー映画『ショア』のことを思い出していた。この本を読みながら、かつて読んだ水俣病の患者やその家族の話を独特の語りで綴った『苦海浄土』のことを思い出していた。村上春樹が地下鉄サリン事件の被害者やその家族にインタビューをした『アンダーグラウンド』のことも思い出していた。多くの悲劇があり、そこに関わった人の語りを中心に据えたドキュメンタリー的手法はそれぞれの著者により採られたものだが、悲劇を表現するにあたり通底する必然性のようにも思う。


まずは、最初に置かれた消防士の妻が語る物語を読んでほしい。そして、「見落とされた歴史について - 自分自身へのインタビュー」の内容を慎重に読み進めてほしい。そこからはもうその先を読まざるを得ない気持ちになるだろう。


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『苦海浄土』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062748150

レビュー投稿日
2015年12月31日
読了日
2015年12月31日
本棚登録日
2015年12月31日
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