チェンジング・ブルー――気候変動の謎に迫る (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店 (2015年1月16日発売)
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感想 : 29
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本の紹介サイトHONZ主宰の成毛さん(元日本Microsoft社長)が同サイトを立ち上げるきっかけになったと成毛さんによる解説に書いてある。ちなみに、この成毛さんによる解説だけでも読む価値がある本。
成毛さんは、「残念ながら日本には科学読み物を専門とするライターすらいないのが現状だ。ほとんどの科学読み物は現役の学者が編集者に懇願され、研究の合間に書いているようだ」と書くが、まず同感。例えば、サイモン・シンのような書き手は日本にはいない。続けて「ところが例外的に本書は、ひとたび英訳されることがあれば、英米でも間違いなくベストセラーになるであろう素晴らしい科学読み物に仕上がっている稀有な本なのだ」と言うが、こちらも全く同感で、日本人でも骨太なサイエンスノンフィクションを書くことができるんだというのがこの本を読んでいたときにずっと受けていた印象だ。

地球温暖化問題はポリティカルな問題も絡まって色々な誤解に囲まれているように思う。そういった状況がある中で発生した原発事故もさらに問題を難しくしている。元々は原発によって、火力発電から発生する二酸化炭素の量を減らすことができるとされていたからだ。温暖化問題と原発問題は、背景となるべき科学的な議論を飛ばして極論や、ときに感情論でもって議論がなされるという点も類似している。様々な擾乱要素や確率的な事象がある中で、地球規模の影響を議論するにおいては、徹底的に科学的な考え方が必要になるのは自明であるにも関わらず、ときに論理を先において、そこに合う事実だけを都合よく取り出すような議論がまかり通っているように思われる。本書は、このような問題をはらんでいる温暖化問題に関して、よって立つべき科学的論拠を提供しようとするものである。

本書は、地球規模の気候変動という課題に対して、必要と思われる科学的事実と考察を積み上げていく。古代の海水温の変動を海底堆積物の酸素同位体含有率から算出したり、グリーンランドや南極の氷床に含まれる酸素同位体分析から古世代の気温を推計したりといった研究がその背景や根拠も含めて丁寧に紹介される。さらにスケールを広げて、地球の楕円公転軌道の離心率と歳差運動、自転軸の傾きによるミランコビッチ・フォーシングと呼ばれる数万年規模の周期的な変動についても解説される。これらにより、地球が氷期・間氷期を移行してきた事実がある程度の範囲で説明される。大事なことはすべてを定量的に語ることだと意識されている。そして、こういった説明においても中心となる人物のキャラを立たせて語ることができるのが、この著者がノンフィクションライターとして評価されるべきところだ。

先に挙げた長期周期の変動がある一方、重要なこととして、気候変動が数十年というような比較的短期間で起きることがあるという知見が氷床の研究などから得られているという。それらの気候変動イベントには、ヤンガー・ドリアス・イベント、ダンスガード・オシュガー・イベント、ハインリッヒ・イベント、などと名前が付けられているものも多い。そのようなイベントは、たとえば海洋深層水の循環に変動が起きるときなどに発生しているようだという。

このような短期間の気候変動は、地球の気候システムが線形ではなくヒステリシス特性をもっているということを示しているという。人類の活動によって二酸化炭素という温暖化ガスが増えていることは否定のしようがない事実である。また、気温が実際に上昇をしていることもある程度確実なようである。ただ、人類が排出する温暖化ガスが起こす温度の変化は、統計的な温度の変動と比べて十分に小さいという意見があることも確かだ。しかし、危険なのは、温暖化ガスの放出が最後の引き鉄になって非線形である地球気候システムのヒステリシスを超えて別の相に変換させてしまう可能性があるということだ。地球の気候システムは複数の安定解を持つ方程式に従っており、その間を切り替わるような非線形システムであるというのが著者の見解でもある。そして、そのシステムはときに数十年といったかなり短期間に大規模に再編しうるというのだ。懸念されるべきは、二酸化炭素の一定度の増加が最後の「ひと押し」になって、複雑な気候システムの暴走が始まることだ。むろん今の状態であれば「ひと押し」には全く足りていない可能性もある。複雑系である全地球気候システムにおいて、 現時点では確実に何が起きるということは言えないというのが本当のところなのだろう。しかし、現時点で何も手を打たないことはロシアンルーレットをやっているようなものだという。このまま温暖化ガスの排出を放置することは共有地の悲劇を生むことになりかねない。こういったことが、IPCCが生まれ、京都議定書などが生まれた背景にあることについて理解がされなくてはならないのだ。

地球温暖化というような大きな規模の議論をするにあたり、何を守るべき価値とするのかについても意見の一致が見られていない。個々の社会なのか、人類なのか、生物なのか、地球それ自体の環境なのかによっても答えは違ってくる。また、自分が生きている間なのか、われわれを含む数世代なのか、何万年も続く未来の子孫なのかによっても答えは違ってくる。答えることができる範囲も違ってくる。立てられる問いが異なっていれば、答えも違うし、その答えを得るためのツールも違ってくることは明白だ。

「何かが起こり始める可能性があると最初に知るのは科学者だ。ならば、それが起きないように軽傷を鳴らすのは、科学者の務めではなかろうか。可能性を認識しつつも無作為なのは、罪を犯しているのと同じことだ」というのが科学者の倫理であり、著者の矜持というものなのかもしれない。

骨のある本。おすすめ。

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Kindleで読むとせっかくの図や写真が小さく、これは他のものでも同じなのでよいが、巻末の脚注がひとつひとつ改ページされてしまう。おかげで途中までものすごく長い本に見えた。Kindleももう少しかな。それでも、もう少しKindle本化が進んでほしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2016年5月4日
読了日 : 2016年3月27日
本棚登録日 : 2016年3月21日

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