脳のなかの天使

  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2013年3月23日発売)
3.89
  • (24)
  • (26)
  • (28)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 459
感想 : 39
5

脳神経学者のラマチャンドランの新作。オリヴァー・サックスよりもロジカルなところが強く、ラマチャンドランの方が好きだ。
『脳のなかの天使』という邦題は著者のベストセラー『脳のなかの幽霊』とタイトルを掛けているが、原題は『The Tell-Tale Brain』なので特に両著はシリーズの関係ではない。なので「幽霊」から「天使」になったことにそもそも著者にはその意図は何もない。装丁も全く違っていて、シリーズ感を出して売りたいのか意図が分らなく、やや残念。「幽霊(Phantom)」は、元となった幻肢や病態失認の話も出てくる。一方、「天使」については、最初の「人間は類人猿か天使か」という過去の問いが出てくるのだが、タイトルにするものでもなくまた「脳の中の」という修飾にも相当しない(が、まあよし)。

近年のこの分野の大きな研究の進展として、ミラーニューロンの発見が挙げられる。ミラーニューロンとは、自身がその動作を起こしたときと同じニューロンが他人が同じ動作をしたときにも同じように発火するニューロン群。本書でも、その存在により模倣と共感の能力を獲得し、人間が人間たるに至った進化の鍵を握ったのではないかとしている。

「ミラーニューロンとその機能を理解することの重要性は、いくら強調してもしすぎにはならない。ミラーニューロンとその機能は、社会的学習にも、模倣にも、ものごとに対する姿勢や技能の文化的伝達にも、さらには私たちが「語」と呼んでいる、ひとかたまりの音の文化的伝達にさえも、中心的役割をはたしているのではないかと考えられる」とまで言っている。自閉症もミラーニューロンの機能異常により説明できるのではという仮説も提案している。

ミラーニューロンについては、『ミラーニューロンの発見』(マルコ・イアコボーニ)により詳しいので、興味があればそちらも読んでみるといいだろう。

また、数字に色が付いて見えると言う共感覚の症例を一例として、信号伝達経路において脳内の配線が混線して機能が近いところが引きずられて刺激されるのだという。この辺りは使われている用語も含めてずいぶんと専門的な話も含まれる。少しわからないままに読み進めていくとそれでも脳が物理的な現象であることと、かつ、かなり微妙だがロバストなバランスの中で動いていることがよく分かる。『幽霊』にも出てきた幻肢の例も含めて、意識のだまされやすさについても興味深い話がいくつも出てくる。

また、古今の多くの哲学者が悩んできた「自己」や「意識」についても脳神経学の立場から迫っている。その秘密が早晩明らかにされるのではとの期待を著者は抱く。「自己」の特徴として、統一性、 連続性、身体性、私秘性、社会的埋め込み、自由意志、自己認識、の7つの特徴を挙げており、精神疾患の症例から「自己」を形成するこれらの特徴がどこから来ているのかについて興味深い考察を行っている。

「脳」と「意識」はやはり不思議な器官だ。それでも年々その謎が解かれているのがわかる。そして、何かがわかればその先にさらに違う謎が出てくる。副題は、"A Neuroscientist's Quest for What Males Us Human"。まさしく最後の秘境であり、そこに挑む知的冒険という感じなのだろう。
「人間は真にユニークで特別な存在であり、「単なる」霊長類の一つではない」 ―- 進化論を経て人間が絶対的に特別な存在ではないということが明らかになった上でなおその論考の果てにも脳神経学者としてこのような結論に至るのは心が動かされる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2013年9月2日
読了日 : 2013年8月15日
本棚登録日 : 2013年9月2日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする