意識の進化的起源 カンブリア爆発で心は生まれた

  • 勁草書房 (2017年8月12日発売)
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【概要】
人間は意識を持つ、そして、人間は生物の進化の中で生まれてきたのであるから、過去の生物進化のどこかの時点でこの意識が生まれたことは間違いない。いつそれが生じたのか、というのがこの本で問うていることである。意識の獲得は、進化における適応的な現象であり、意識をもつ生物にその保有コストを上回るだけの価値が与えられたがゆえに、自然選択の過程で選択されてきたものであるはずである。また、それは神経生物学の範囲で説明可能なものでもあるはずだ。著者らはこの立場を、意識の神経生物学的自然主義としている。意識の理解のためには神経生物学的、進化生物学的、哲学的の観点から総合的にアプローチする必要があるという。この本はそういった方向での意識の理解を目的としてまとめられたものである。

いつ意識が生まれたのかを問うためには、「意識」とは何かを問わなくてはいけない。著者によるとそれは生物学的な基礎をもとに判断されるべきだという。具体的には、意識の四つの側面として、統一性、参照性、心的因果、クオリアを挙げる。著者らはこの特徴を神経存在論的な主観的特性 (NSFC: Neutoontologically Subjective Feature of Consciousness)と呼び、これらが生物の進化の適応の中で生じたものであることを示す。現実世界において複数の感覚器からの入力や情感を総合して統一的に認識することは、それらを有効に活用するためには必要なことである。意識が脳の感覚というよりも外界に投影した形で認識されるのは、外界を予測するという目的から必然的である。そのためには視覚情報が脳の中で地形的イメージと対応する形で処理されることが必要であり、そのように進化してきたのである。また、心的因果も外界との相互作用を含めて予測をするために必要なものである。そして、クオリアは神経の刺激をそれぞれ別のものとして認知するために必要なものだと著者は説明する。

では、意識が生まれたのはいつなのか、という問いに対して、五億六千年前から五億二千年前のカンブリア大爆発と呼ばれる動物が激しく多様化した時代であるというのが著者らが示した解答となる。この時代において、先の意識の定義に基づく原初のものが誕生した、と著者らは主張する。捕食動物の誕生とそれに対する回避行動、視覚の向上が生存競争上有利となる原意識の生成に資したと考えている。なお、視覚の向上については、アンドリュー・パーカー『眼の誕生』でもカンブリア紀に生物種が多様に進化した原因として論じられており、生物進化史上非常に重要なできごとであったと言える。
著者らは、その考察から収斂進化として、脊椎動物だけではなく昆虫に代表される節足動物やタコやイカなどの頭足類にも意識(外受容意識と情感意識)があると判断した。その理由として、視覚による外界に対する同型的地図形成ができていることと、十分に複雑な多層神経構造を有していることを挙げる。著者は、生物進化の過程で、頭足類、拙速動物、脊椎動物で計三回、意識が発生したのではないかと推定している。この観点で、著者は、意識の発生には大脳皮質を必要としないと主張する。

もちろん哺乳類はその後、心象を学習、記憶することでより多くの情報量を処理することができるようになり、より複雑な行動をすることができるようになった。これにより高次の意識を獲得した。ダマシオの規定に従えば、「原自己」、原自己の二次的気づきを意味する「中核自己」、記憶や未来予測を伴う「自伝的自己」というように段階を踏んで次第に高度化していった。そして、その進化適応の結果として、自意識や言語、他の個体にも意識があるという認識が発達したのが現在のわれわれホモ・サピエンスなのである。

【まとめ】
本書では意識について非常に原始的なものの起源を生物進化と神経生物学の観点から論じたものである。したがって、いわゆる自伝的自己などを含む人間がもつ高次の意識についてはほとんど論じられていない。そして多くの「意識」に興味を持つ読者は、高次の意識の方に興味をもっているものだと思う。そして、自分もそうである。
それでも、そういった意識が、意識を持たない生物から進化のある段階で連続的に生まれてきたことは論理的に正しく、それがどういったものであったのかを解説した本書は、高次の意識を理解する上でのとてもよいベースになるものだと思われる。
つまり、高次の意識を考える上での条件というものが、原意識が論理的にどのようなものであるのかの理解を必要としているのだと教えてくれた。この後に例えばアントニオ・ダマシオの本などを読み返すと新しい気づきが得られるのではないだろうか。

訳者あとがきでもいくつか指摘されている通り、著者らの論の進め方にはある種の独断や飛躍があるようにも思われる。それは一般向けの書籍としての限界なのかもしれないが、まだまだ議論の余地がある点なのかもしれない。同著者の次の著作も出ているので、そこで埋められているものもあると思われるので、読んでみたい。

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『意識と自己』(アントニオ・ダマシオ)のレビュー
https://booklog.jp/item/1/4065120721?carousel=4478112665

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 科学
感想投稿日 : 2023年3月11日
読了日 : 2023年3月2日
本棚登録日 : 2023年3月3日

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