両利きの経営

  • 東洋経済新報社 (2019年2月15日発売)
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『イノベーションのジレンマ』で、クリステンセンは、経営者が論理的に考え、適切なオペレーションを行い、持続的改善に拘るあまり、最終的に破壊的イノベーションに対抗できず窮地に追い込まれる事例をいくつも挙げた。そして、破壊的なイノベーションを起こすために探索を行う組織(サブユニット)を本社組織とは別に作ることを推奨した。しかしその実態としては、多くの場合は本社から十分なサポートが得られないまま失敗に終わってきた。

この不都合を克服するために著者が主張するのは、この本のタイトルにもなっている「両利きの経営」である。

「成熟事業の成功要因は漸進型(Incremental)の改善、顧客への細心の注意、厳密な実行だが、新興事業の成功要因はスピード、柔軟性、ミスへの耐性だ。その両方ができる組織能力(Capability)を「両利きの経営(Ambidexterity)」と呼んでいる。

解説の入山章栄さんがその著書『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』の中で本書の著者タッシュマンの両利きの経営の研究に言及し、「世界の経営学で最も研究されているイノベーションの理論の基礎は「Ambidexterity」(両利き)という概念にあるといって間違いありません」として、イノベーションの分野においては、クリステンセンの示唆する方向よりもより深く研究が進んでいるとして紹介している。
何より、自社の方でもイノベーションにどのように対応していくのかという大きな経営課題に対する解決策としてこの『両利きの経営』が喧伝され、そういったこともあって手にとって読んでみた。

成熟事業では「深化」を進め、同時に新興事業においては「探索」を続ける。「探索」と「深化」とでは、求められる組織的な調整や組織能力が根本的に異なるため、組織的に意識をして仕組みとして実行することが現代における多くの企業では必要である。そのとき、その成否を左右するのは、テクノロジーでも、はたまた運ですらないという。何といっても最大の要因はリーダーシップにあるというのが本書の重要なメッセージでもある。なぜなら「概念上は簡単そうに見えても、多くの場合、実行するのはきわめて難しい」ため、リーダーシップによるトップダウンの実行が必要になるのである。
(なお、キーワードになっている「深化」と「探索」は、英語にするとExploitionとExplorerationと非常に似た語感の単語になっている。訳者は少しでも漢字を似せようとしたのかもしれない)

「組織の観点でいうと、深化がマネジメントの問題だとすれば、探索は基本的にリーダーシップの問題である」と著者は言う。「上級リーダーたちが優秀なマネージャーになったとき、組織は危険にさらされる」とまで言い切る。なぜなら、「短期的には、現状維持のためという口実は、たいてい説得力を持っている」からである。

「既存のビジネスモデルを活かして、未来の探索に役立つ形で既存の資産を再構成できる場合、リーダーシップがきわめて重要になる。...この能力は養っていく必要があるうえ、しっかりと守らなければ、すぐに失われてしまう」

本書の多くの部分はうまく両利きの経営ができたかそうか、成功・失敗両方の事例企業の紹介とその分析に当てられている。ざっと挙げると次の通りだ。

成功企業事例
・Netflix ... 郵便DVDからオンライン配信への転換に成功
・富士フィルム ... Kodakと違い多角化に成功
・Amazon ... 本のオンライン販売から多品種・中古販売、さらにはクラウド(AWS)やエンタメ事業にまで進出。顧客満足をコアバリューとしてトップダウンで徹底
・Ball Corporation ... 保存用ガラス瓶の会社から宇宙産業への進出
・USA Today ... 他の新聞社と違いトップダウンでオンラインへの転身を図り成功
・CIBAVision ... コンタクトレンズから新製品への移行に成功
・Flextronics ... 既存リソースを活用して海外で成功
・Cypress Semiconductor ... 継続的な新規事業の探索に成功
・IBM ... 新規事業探索のプロセスをCEOのリーダーシップの下で仕組化、組織として浸透
・British Telecom ... リーダーシップにより新規事業の立ち上げに成功
・Haier ... リーダーシップの下、戦略的に新規事業に取り組み

失敗企業事例
・Blockbuster ... Netflixとの競争に敗れて廃業。『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(お勧め!)にも詳しい。
・Kodak ... 富士フィルムと違い、写真フィルムビジネスから抜け出せず破綻
・SAP ... 新規プロジェクトが失敗
・Sears ... 全米に広がったが、サクセストラップに嵌り経営破綻
・HP ... ポータブルスキャナ事業の立ち上げに苦労
・Firestone ... 古いタイプのタイヤに拘り身売り
・RCA ... サクセストラップに嵌り、新規事業の立ち上げに失敗
・Cisco Systems ... 新規事業の探索を組織として実行しようとしたが、やり方が徹底できず多くが失敗
・航空会社 ... 格安航空の経営に失敗

例えば、最初の方で取り上げられるAmazonについてはかなり詳しく企業成長の経緯が説明されている。シアーズやIBMも大きく取り上げられているが、CIBAVisionやBall Corporationといった特に日本ではなじみの薄い企業にも焦点が当てられていて、それぞれの企業の物語としても面白く読める。

リーダーシップが重要だと言うが、リーダーがすべてを決定するということを意味するものではないのである。両利きの経営の成否はリーダーシップにかかっているのかもしれないが、それはリーダーがすべてを決めて取り仕切り、物事を進めるということではない。そうではなく、逆に組織として両利きの経営のCapabilityを備えていかないといけないのだ。例えば、Amazonのジェフ・ベゾスは次のように言う。

「私がすべてのアイディアを持っているわけではない。それが私の役割ではない。私の役割は、イノベーションの文化を構築することだ」

もちろん、何が新しい脅威であり、何に取り組むべきかを捉えるのはリーダーの仕事だ。
「企業のリーダーには、確実に新しい脅威を察知し、組織の既存資産を再構成して新しい機会を捉える責任がある。これが、組織のリーダーが果たすべき役割の本質なのだ」

多くの企業においては、現在の地位を築くにあたっての成功体験を有している。そのため、新しい機会や脅威が訪れたとしても既存領域ややり方を組織的に優先し、これまで磨き上げた組織能力を活用した守りに回ってしまう。著者はこれを「サクセストラップ」と呼び、多くの企業が陥る罠であるとする。『イノベーションのジレンマ』以来、何度も指摘されてきたものであるが、実行できている企業は少なく、多くの企業が経営破綻や身売りに追い込まれてきた。

著者の分析では、進化生物学的な観点から、「多様化(variation)」「選択(selection)」「維持(retension)」がその基礎になるという(頭文字を取ってVSRと呼ぶ)。企業も生物と同じように変化する環境に応じて進化していかなければ生き延びることができないというのがその認識だ。うまくこのCSRのプロセスを回すための組織能力を「ダイナミック・ケイパビリティ」と呼んでいる。変化が早まった現代において、こういったプロセスを恒常的に回して反復できることが「両利きの経営」なのである。その上で、組織がうまく両利きになれる状況は、「明確な戦略的意図」「経営陣の保護や支援」「対象を絞って統合された適切な組織アーキテクチャー」「共通の組織アイデンティティ」という四つの要素が揃わないと難しいという。そういった組織にするための方向性を指し示すのは、依然リーダーの役割かもしれない。

誰もが認めるように近年は一定規模の企業にとって、いかにイノベーションを創出していくのかが課題になっている。実際には、巻末解説の冨山さんが言うように「既存産業の大構造転換や大絶滅を起こすような破壊性を持つイノベーションを起こす確率について、自分自身、あるいは自社が起こす確率と、別の誰かが起こしてしまう確率とで、どちらがより高いかは自明である」ため、提携やM&Aも含めた「探索」が必要となってくるのである。したがって、「誰かが起こした(起こしつつある)破壊的なイノベーションに対して、どうすれば後手に回らずに的確に対応できるか?」が実際的な問いになるのである。そこに向けた組織力の醸成が必要となってくる。

言うは易し、行うは難し。

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読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ビジネス
感想投稿日 : 2019年12月1日
読了日 : 2019年10月5日
本棚登録日 : 2019年10月5日

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