新感覚派の作者として、「文学の神様」と称された横光利一の後年の作品。
岩波文庫版では前後巻で刊行されていて、本作はその上巻です。
旅愁は全4篇構成で、本書にはその2篇までが収録されています。
ヨーロッパを洋行中の若者たちを主役にした思想小説で、特に第1篇は、戦前のパリを舞台にグローバリゼーションと日本のアイデンティティに揺れて若者同士議論を交わす場面が何ページに渡り書かれていることが多いです。
横光利一自身がベルリンオリンピックの視察を兼ねた渡欧が元となっており、上巻だけで約550ページ、下巻も600ページ超えの長編となっています。
上巻までの感想となりますが、ストーリーというほどのストーリーもなく、物語としてのおもしろさはあまり感じられないため、近代日本の思想に関し興味がない場合、読むことはおすすめできないです。
主人公は日本人であることを念頭に海外の思想を学ぶ主義を持つ「矢代耕一郎」で、彼が、主に戦前のパリを舞台に観光し、思想に触れ、思想の異なる友人と議論する内容となります。
その相手となるのが、「久慈」という青年で、彼は矢代とは対象的に、ヨーロッパの合理主義的な考え方に心酔していて、日本もグローバル的な考えへシフトするべきだと主張します (多分、大まかにはそんな感じかと)。
日本人的考えを大事にするべきだと考える矢代と、捨てないと世界から取り残されてしまうという久慈の主張は平行線で、作中、半分ケンカのようにぶつかりあうのが印象的です。
議論を読んでいると極端と思うようなシーンもあるのですが、基本的には私的には久慈派かなと思いました。
日本的な思想をすべて捨てることは国力の低下につながるけど、そこに固執すると不要な行動が当然なこととして一般化してしまうので、基本的な部分として契約や約束の範囲内で行動し、各人でそれを確認して気をつける方が健全なのかなと。
ただ、そういった思想が戦前からあって、書籍として刊行されていたということについて、個人的には驚きました。
当時、先進的な思想小説だったんじゃないかなと思います。
また、本書など読むと、同時期に新本格派と対立関係にあったプロレタリア文学との対比が顕著と思いました。
一方は労働条件の改善活動としてペンを持って戦い、一方は渡欧の経験からグローバリゼーションとナショナリズムについて書く、プロレタリアに対しいかにもブルジョワジーな内容なのが、個人的には文学史上おもしろいと感じました。
なお、第1篇は思想小説としての側面が大きいのですが、第2篇では矢代が心を惹かれている「宇佐美千鶴子」との恋愛小説としての側面が出てきて、付かず離れずのままずるずると別れの日が来るような展開が描かれます。
久慈も久慈で、真紀子というご婦人と懇意になり、その男女のあれやこれやが書かれることが多くなります。
読んでいて楽しく読めるところもありましたが、長い割に読んで良かったかというとなんとも言えないところがあるような、上巻を読んでしまったので、そのまま下巻に突入しますが、先にも書いた通り、おすすめはできない作品です。
- 感想投稿日 : 2021年3月10日
- 読了日 : 2021年3月10日
- 本棚登録日 : 2021年2月11日
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