甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

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本棚登録 : 253
レビュー : 38
制作 : Ian McEwan  村松 潔 
see_you_cowboyさん 小説   読み終わった 

正直に告白をすると、前半を読みながら冗長な文章に小さく溜息をつくこともあったし、主人公の女スパイ・セリーナに対する微かな違和感をずっと拭えずにいた。この違和感は、一流ではない作家が、自身とは異なる性を主人公に選んだ時に感じる違和感に似ていたので、愚かな事に私はマキューアンはそのタイプなのだろうと早合点をした。

しかし最終章を読み終えた時、それら欠点とも言えるポイントに全て意味があったことを知り思わず唸った。そしてこの「甘美なる作戦」は最初の印象とは全く別の、特別な本になっていた――。

結末を読み終え、幸福感と高揚を感じながら、しかし「裏表紙に書いてあったような、『涙が止まらなかった』というほどでは無かったな」などと考えながらその夜は眠りについた。そしてしばらく経ってから、この本が私(あまり勤勉では無く、政治や歴史に関する記述は読み飛ばしがちで、「結婚して幸せに暮らしましたとさ」的な結末を好む主人公セリーナのような“中級の読者”)に向けた作者からのラブレターであった事がふいに胸に染みるように感じられ、本を読む人間としてなんと幸せであったことかと、そこで初めて涙した。

才能に恋するということ。作家を愛するということ。
そして作家から読者への愛と信頼(“中級の読者”の癖に私はこの作家を疑っていたというのに! )。例え70年代の世界情勢にあまり興味が持てない私のような“中級の読者”であっても、この作品を最後まで読み終えた時、素晴らしい読書体験であったと驚くとともに胸が熱くなるはず。

「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」
というセリーナに、恋人の新進作家トムは「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と返す。

まさにこの本を表すに相応しいふたりのやりとり。作家が人生においてたった一度だけ書けるような、優れたメタフィクションではないだろうか。こんなに再読に胸躍らせる本はそうは無い。

レビュー投稿日
2015年1月27日
読了日
2015年1月27日
本棚登録日
2015年1月27日
2
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