バタイユにたどりつく/それから

面白かった~
あっ短編かってちょっとがっくりしたのもつかの間
私の嫌いな短編連作もなんのその
面白かった~!

はじめの話のぬるりとした触感に短くとも長くとも
この人はこの人なんだなあとおもう
けして華やかではない、じっとした視点、
なのにからだのこえをよくきくながれのひとがいて
気味の悪さを感じる

2015年5月1日

読書状況 読み終わった [2015年5月1日]
カテゴリ ほん

すきすき とってもおもしろかった そんで好きだった
とはいえ好きなところをあげようとするとなぜか○○ではないからなどと無粋な書きようになりそうでこわい
フィーリングがあったとしかいいようがないが
きらいなところやつまづくところがなくておもしろかった

時間の不思議を丁寧に書いてあってものすごく心地よいすばらしいとおもう、
貴子永遠子とともに長い時間や短い時間をいきつもどりつし
彼女らの時間をふくめ自分の中にある時間もが並行になったり時には交錯したりする
思い出の齟齬やかみあわなさも新しい過去と出会う豊かな時間になり
現在の再会も新しい時間の始まりを予感させる
改めて時間を思い直す知り合う経験になる

2015年5月1日

ネタバレ
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色々書きたいことがある。
ツイッターってものをよくあらわしているなという面もある。
感覚・感覚・感覚・感覚が垂れ流されてさながら、本書でも取り上げられているツイッターのTLをそのまま読んでいるみたいだしこれもあれもこれもどれも感覚と状況をつないでいって全部が平行線で全部動いているっていうの(ここまで群像劇の説明にしかなってない)、面白いとか楽しいとか感動するとかそういうものでなくてここでちょっとしんみりしたりここでちょっと嬉しくなったりここの続きが気になったり、これはどうでもいいと思ったりそれぞれ。それぞれ。それぞれ。それぞれだからいいとか悪いとか面白いとかくだらないとかじゃなくて時間がぽっかりと宙ぶらりんになっているような小説でなんともいえない。あるときを閉じ込めてある、まさしく小説だな~

何となくこの本を読んで、昔あったイーストエンドの「何これ」って曲を思い出して思い出したことを通り過ぎて未来でこの本を読む人のことを考えたりもする。
思い出したことは、今思うとあれって出始めの携帯についてのことなんかなあって思ったりもしてて、それでその頃本気でなんだろこのデバイスと思ってたこととかが未来に来るとなんか種明かしみたいになったり終わったことになってる。
いつかツイッターが衰退した未来でこの本のことを思い出したらそんな感じになって(ああツイッターってこういうそういうツールだったなあとか)、ツイッターのことを知らない人が読んだらそんなことがあったのかって思うんだろうな~と、思った、ってことまで著者に先取りされてこの本のどこかに書かれてもおかしくなかったんじゃないかなみたいな感覚になる。

ネタバレ
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先日「七夜物語(川上弘美)」を読んだから比べてしまったというのもありつつかなりよかった。
詰まるところ、わたしたちに大切にできるのは現在のこの手の中だけであるということが力強くしっかりとしたためてあり、過去・現在・未来をつなぐ人という存在への希望/失望、豊かさ/貧しさを「信じる」という意思にあふれている。その意思の強さが、老いるに従って得られるものなのでしょうか。現在を生ききった成果なのでしょうか。
3人組は、「静かな生活」の3人として再生されてしまうのがわたしの残念なところでありつつ、とても読み進めやすかったところでもある。「静かな生活」と筆致も似ているから必然といえば必然なのだけど、、(オマージュ)ちなみに、伊丹十三「お葬式」の森と何かかぶる、「芽むしり仔撃ち」と何かかぶる、と混乱する部分もあり、それはまあ「静かな生活」と同じく必然といえば必然。物語本編とは関係なく、わたしのこころのなかの四国というものができつつあるなあと気づかされる。

ネタバレ
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有益だったのは、皇族という人たちの忙しさを知れたこと。いっつもなにやってるんだろうと思ってはいた。書いている人が、子育て経験がないのによくここまで書けたなあというのも純粋にすごいなあと感心しました。
2015年に読んで、1992年の子育てが当たり前になってきている部分もあるけれど、それでも紀子さまの育児は2015年でも古いなと感じないところがすごい、というのも先述の皇族は忙しいことに当てはまる。今のワーキングマザーを読んでいるよう。

知っている人の話は面白い。面白く話せる人の話は面白い。競技に対しても室伏選手に対してもアスリートに対しても研究内容についても、簡潔な文章なのに熱量が高くて、もゆる思いを受け止めるような気持ちで読み進める。
ものすごく実直で真面目、聖人君子かと思わせるのに第6章の関係者たちの証言によって人間らしさがほころんで愛すべきキャラクターをのぞかせる。そつない、人当たりのよい感じでいてこう、みんな「ちょっとアツい」って感じで受け止めてるのがいい。周りの人との関わり合いの中での彼がとても魅力的でちょっと好きになってしまった~。好感~。

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はすっぱでかわいくて目がはなせないという若さそのままをもって大人になった人が書いたみたいだから何となく反発もある。知ってへえって思ったこともある。こんなん何とでもいえるとあきれたこともある。
何よりこの人たちの間だけにある時間があったということだし、わたしはらもの人となりを知らないし、本人のことを書物やテレビを通して以上は知らないということで何となくさびしくもなる。恋か~

子ども向けのほんをよんで寂しいのは子どもとして読めないことで子どもとしての感想がかけないのも何となくさみしい。何となく人と違うと思っている二人の人との違いをこの年頃でよんで身の丈でどのくらい理解できるのか知りたかった。
行って戻ってくるファンタジーの形態をとりながらも現実はシビアであまり華やかではなく、キラキラとした冒険譚になるべくもない。しかし冒険は次々とおそいかかる。受け取るものの小さく大きなことよ。こんな本は読んだことがないので面白かった。

カテゴリ ほん

子ども向けのほんをよんで寂しいのは子どもとして読めないことで子どもとしての感想がかけないのも何となくさみしい。何となく人と違うと思っている二人の人との違いをこの年頃でよんで身の丈でどのくらい理解できるのか知りたかった。
行って戻ってくるファンタジーの形態をとりながらも現実はシビアであまり華やかではなく、キラキラとした冒険譚になるべくもない。こんな本は読んだことがないので面白かった。

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詩のことはよくわからないけど、猫の婦人についての小品はおもしろかった。机の上から一歩も外にでかけていないような、気持ちだけがするするとつながっていって
書かれた近年なかなか読めないような詩的な作品。どこまでこれが続けられるのかわからないけれど。他のも読んでみたいとおもいました。
最後にあぐりさんが理恵さんの思い出を書かれているところのつたなさ・正直さが寂しさと思い出にあふれていてつらい。

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本人はタイトルどおり、祖父から学んだことを次世代に残していくつもりでつづった散文なのだろうが、所詮孫。孫からしても遠い存在、近いようでというのもよくわかるし、祖父というもの自体がそんな近いもんじゃないしな~。それよりも渋沢家をとりまく華やかでしかないような話も満載。たとえばわざわざ渋沢家の名をひけらかすことなく育った学生時代など、そうされている庇護の厚さ周りからの手厚い保護を感じざるをえん。21世紀を生きるわたしにとっては、少し前の時代の上流階級(?)の普通とかおつきあいがうかがい知れて面白かった。

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ちょっとちょっと、大丈夫かよしもとばなな。
と聞きたくなるくらい形骸化されていて驚く。
よしもとばななの製作ワークシートみたいなものに誰かが書き込んだらできました、というような作品。
だいたい、ストーリーの新しい展開なんて別に求めてもいないんだけれど、そのまわりにある描写までもが別の作品で読んだようなものの使いまわしに感じられてちょっとこれで世にだして売ってどうこうに一抹の寂しさをかんじる。
わたしもサラミちゃん好きなのでサラミちゃんに罪はなし。むしろ、サラミちゃんがすきだからこそ丁寧にその素晴らしさを書こうとしてこの本書いたのがよくわかる。もっともっとそのサラミちゃんの素晴らしさを書いてくれたらよかったのに。そのよしもとばななの視線が読みたかったのに。

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剥製集めが趣味だったおじが亡くなり、病院にはいっていたおばと猛獣館で暮らすことになる。剥製を見に訪れた男がおばがロシアから亡命した皇女アナスタシアではないかと疑りはじめ、刺繍を続けるだけだったおばとの静かな暮らしが少しずつ変わっていく。ひと夏の物語、夏休み、というような「あの頃」を書いた物語で、ドラマというかどのように展開していくのか、追わせるストーリーはミステリーのようでもある。

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着心地、肌触り、色柄、自分の肌・感覚に沿うきものでなくてはいけないるつ子が、少女から女性へと変化していく多感な時期を着るものを通して学んでいく。友情、姉の結婚、父のほんとう、突然の大災害、どれもすべて1度しか起こらない出来事だが、いやというほどの教訓・学びに満ちており、きものを関連させるやりかたが並でない。陰険だ~とおもうくらいに視線が鋭くて、その視線の成長を通して、主人公を見守る位置から話の展開を見守る。起こる出来事に一喜一憂しながら、おばあさんと一緒に、るつこの気持ちの流れをくみながら感心と信頼を積み上げていく。

吉行和子さんってほんとにシンプルで面白い人。「さっぱり」という言葉が良く似合い、くよくよ悩まれたりしている場面もあるし、年齢に見合ってよを憂う場面もあるけれど、それよりいさぎよさのほうが印象に残って(キッチンの改修をした話とか、お芝居の選び方とか、女優という仕事の苦労とか)また読むだろうな。友人に会いたくなるように手に取るのが正解。近しい茶飲み友達のような。
特に後半の、はいくを取り混ぜてあるところがとっても素敵。岸田今日子さんのことも書いてある。
子どもたち怒る怒る怒るを読んだっていうのにびっくりした。若い本だと思っていた。でも本好きな人にとっては本は等しく本だということだなあと、変なところで感動する。
とりあげられている映画や本や俳句などどれも面白そうで、この人の目線の確かさを信じられるからというほかに、紹介の仕方がすっごくいい。こればっかりはセンスとしかいいようがない。
吉行さんと冨士さん岸田今日子さんが旅している本だと、おばさんでありレディであり熟女である温度のある冨士さんの文章と、深い森の中が似合うような少女っぽい叙情の岸田今日子さんにはさまれて、ちょっとそっけないくらいの吉行さんの文章だけど、単体で見るとこの人の中の熱さがよくわかっておもしろい。すごく好き。
そういえば以前に椿鬼奴さんが「紅茶を電子レンジでわかして飲む」と言っていたのに驚いたことがあるけれど本著で吉行和子さんも同様のことと知る。家事に興味のない人にとって、電子レンジは魔法のツールなんだなあ。

ネタバレ
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青春へんはやはり青春なりの面白さ。ただらもさんの灘高時代の話は読み応えある~おもしろい~。

第3者は何とでもいえるっていうのが印象的。当事者意外には想像でしかわかりえないことが多すぎるのに想像のための資料のすくなさよ。その当事者に触れてきたひとでさえ、立場が分かれている。

吉行和子さんとインドに行った記から、イギリス、フィンランドなど。吉行和子さん、冨士まなみさんと行かれている旅の様子を書いた本があまりにも面白くここまで手を伸ばして見たが3人であるからこその妙もあって、やはり岸田今日子さんの本だなという感じ。ほんのりとロマンチックで叙情的。日記帖というのがまさに。トラブルも感動もほんのりお芝居めいていて、本当のことを読んでいるのかわからなくなりそう。でも面白かった。やはり吉行和子さんもいってらしたインド編、彼女のさっぱりぶりも見もの。

名曲「いいんだぜ」の歌詞がとにかくしみる。らものがなり声で「いいんだぜ~」と歌うこの曲は何気なしに聞いていたらどんどん引き込まれて愛に包まれるっていうすごい曲。

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中年篇が断然面白い。学生時代ってある程度誰にとっても郷愁を誘う面白いもの。ただ働いていることって仕事の側面から見る達成感とか、ステイタスの発露になってしまう面があって面白くなくなるきらいがあるけどやっぱりらもさんはただものじゃなくやっぱり働いているときも面白い。まわりの面白いおじさんたちのことを面白いと思えるひとは面白い。チチさんも面白いけどらもさんによって引き出されてる面もあるよな、とおもうのでやっぱりらもさんはすごい

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主に吉村さん側が読みたくて手に取ったのだけれど大満足。。
吉村さんをすごいな~と思ったのは、エクスコンテナの記事を読んだとき。
http://www.toto.co.jp/com-et/architect/yoshimura/01.htm
http://www.toto.co.jp/greenchallenge/journal/architecture/05/01/index.htm
http://blog.livedoor.jp/m-45_76782/archives/52541407.html
目からうろこが落ちたっていうか、自分が夢見た家ってこれだったんじゃないってあこがれたメタボリズムの今の形がこれなのかなあなんて思ったりした。ぜひともこのコンテナにすみたい。実家が解体したら姉と自分のコンテナをおきたい。そして夏の避暑地としてあの廃墟(とはいえ今は良心が住んでいるが)を置いておきたい。
建物には文章がつき物で、大きな建物にはそれと比例する長くの文章が書かれているけどそれと建物の関連は実は良くわからない。使う身分としてもそれこそインテリアと建物とか、庭と建物の関係になって初めて「ああこういうのいいわあ」と思えるレベルなので、その建物がそんなに大げさに言うほどその文章を体現できているかどうかはわからない。ただメタボリズムはよくわかるから好きだなあというだけかもしれん。わかりやすい。このエクスコンテナについてもそうなの。何をしているのかわかりやすい。家は高い、ゆうずうがきかない→車くらいに安く作る、住む人に応じて詰め替えれる、そのためのシステムを作っていく。すごくやっていることが説明可能なところが面白い。
そしてこの本ではそういう「面白い」の積み重ねが見れる。課題に対してのアプローチの仕方とか、わたしには建築の中での文脈はまったくわかりませんけど、読んでて「うまいなあずるいなあ」と思えるほど。とんち少年の伝記みたいだよね。。
エクスコンテナについてーわたしにとっての家ってこういうことなんだとおもう。家なんて、と軽く考えつつ基盤になっている。書斎とか、お風呂とか寝室とか部屋がそれぞれあってつながっている。もしくは「何ものでもないただの空間がひろがっている」エクスコンテナでできた老人ホームとか、親子で暮らす家とか、色んな広がりを見たい。ああ~!

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