八本脚の蝶 (河出文庫)

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レビュー : 25
著者 :
simaduさん 文学   読み終わった 

彼女を通して読者は今までに観たことのない様々な宇宙に出会うだろう。その宇宙は膨張し続け、彼女の肉体を破ってしまった。しかし精神はここに生きている。蔵書することは彼女を人形として愛でることに近いかもしれない。彼女はそれを赦さないかな。1年に365冊以上という読量への嫉妬。生きていたら、という想いはぬぐい切れないが、ここに蔵書として彼女は冷凍保存された。

Gregory Crewdson 『TWILITE』

「「居ろ」
って言ってもらった。
私が、この世界に、いろ、って言ってもらった。
「生きていていいんだよ」にはすりぬける隙間があって、生きていてもいいがそれは特別生きていたほうがよいというわけではなく、死んでも構わないという風にも受け取れる。少なくとも私はそう受け取ってしまう。
とにかく私にとって自分の存在価値はないのだ。
「居ろ」
って言ってもらった」


「どうか眠っているあいだに私が死にますように」

「どんな専制君主でも、自殺を思い定めた名もない男が享受するほどの権力を、かつて手中にしたことはあるまい。」

「私が語り得ることはすなわち、あなたに伝わり得るかもしれないことのみである。読む者としてのあなたの限界が、書物としての私の限界である」

「他の〈私〉は、あるいは他の〈魂〉は、それを主題化し、ポジティブに語ろうとすると、そのとたんに他の〈人〉に、あるいは他の〈心〉に、すなわち隣人を持つものの隣人に変質してしまうのだ。(中略)
それゆえ、他者に対する態度が、すなわち他の〈魂〉に対する態度がもし可能だとすれば、それはいわば独我論的な態度でなければならないことになる。それは、けっして出会うことのできないものに対する、〈私〉の世界にはけっして登場してこないものに対する、つまりはそれに向かって態度をとることができないものに対する、愛や同情や理解を越えた態度でなければなければならないのだ」

「時々ふと存在していることに気づく。
存在している。そこ主語は、あえて言えば「世界」であり「私」になるのだろうけれども、それは大した問題ではない。ここで直面しているのは、ひらけ、存在している、という状態なのだ。
そのような状態に対し、覚えてしまうよろこびがある。
本来、肯定も否定もできず、良いものでも悪いものでもありえない「あること」にたいしてとってしまうあり方がある。
そのようなあり方を、祈りと呼ぶことはあたっているだろうか」

「この姿でいることが、わたしの、ご主人さまへの愛の証だから。手足を切断されたときも、歯を全部抜かれたときもうれしかったけど…。瞼を縫い閉じられたときも、すごくうれしかった。ご主人さまの望む姿になることが。ご主人さまに快楽を与える以外何もできない無力な道具になることが」

「もちろん、わたしだって人は想像のゲームを卒業していくものだということは知っていたわ。友達の中にも、そうなってしまった子もいたし。でもわたしは、自分はそうじゃないんだ、わたしにはそんなことはぜったいに起こらないんだって確信していたの。でも、その夜初めて、わたしだってちがわないのかもしれないと思いはじめたのよ。そこから逃れることなどできないのかもしれないって。ベッドに横たわったまま、大人たちは心を満たすためにいったい何をみつけたのだろうって考えていたことを覚えているわ。わたしにとっては大人が気にかけることなんてすべて退屈なことに思えたの。大人は自分を幸せにするためにいったい何を考えるのかしら、って。
 そのとき、わたしはものすごく恐ろしい、痛いほどの寂しさに襲われたの。もしこれが大人になるということなのだったら、大人になんてなりたくない、そう思ったわ」(トリイ・ヘイデン『機械じかけの猫』)

飯田茂美『世界は蜜でみたされる一行物語集』

すずめが とぶ
いちじるしい あやうさ

はれわたる
この あさの あやうさ

(八木重吉『朝のあやうさ』)


ポール・デルヴォー作『こだま(Nostalgic Echo)』

あのひとのほほゑみは やはらかく気高くて
古い象牙の輝くやうで
故郷を慕ふ心のやうで、暗い村の一
クリスマスに降る雪のやうで、
真珠ばかりに取り巻かれてるるトルコ玉のやうで
助きな本を照らしてるる
月の光のやうだつた
(リルケ)


あなたにお目にかかりたくて
私は死にたくてたまらない

われらが夢の中で経験することは、それをしばしばくりかえすかぎり、結局は「現実の」体験と同様に、われらの霊魂の全財産の
一部分である。われらは夢によって、富みもし貧しくもなり、望みを増し減じ、ついには白昼にわれらの精神が醒めてもっとも明るい時にも、いくらかは夢の慣わしによって導かれる。(ニーチェ『善悪の彼岸』新潮文庫)


泣いているのは世界が美しいからです。
世界が美しいのは、失われたからです。
とても綺麗です。どうか、この一瞬にすべてが消えますように。

「あなたの中に、大きな欠落と同時に、つまり、
それ故に、はげしい渇きがある。欠落を何かで満
たしたいという、 その渇きを、大事になきい。一
直線の線のように、渇きをずっと遠く、眼に見え
ないところまで、 伸してごらんなさい。あなたの
渇きの彼方に、神というものを置いてみるのです。
遇きの無限の延長線上に、神の存在があるのです。
おわかりでしょう。渇きを満たすのは、神だけで
あり、あなたが渇望するからこそ、神というもの
は存在するのです」

久落から一直線に彼方無に向かう「求め」。 高橋た
か子は充たきれたかったのだろう。しかしその
「求め」自身は充たされることを求めてはいなか
「ったのではないか。充たされるこことなくどこまで
も彼方へ向かうはずだった「求め」たち。
高橋たか子が、自分が求めていたものとして「イー
ェス·キリスト」と出会ったとき、尋めゆく者が
1人失われた。
そして神がみはいった。「つぎに、尋めゆく者
を創ることにしよう。いくら尋めゆくとも、神が
みの創造にかかわる秘密をついに解きあかせずに
ほろんでしまう者を」 (中略)
人間は大空を仰ぎ見るときに、自分以外にも尋
めゆく者があり、自分とおなじようにむなしい探
索をつづけている者がある、ということを知る。



古本屋帰りの小汚くておいしい中華料理屋で、買ったばかりの「接助」を読みながらごはんを食べていたら、文学部の教員のような雰囲気の四0歳くらいの男性が相席で向かいに座った。その時、私の視野をちらつと小さな光がよぎったのでその人をそれとなく見てみると、唇の端にラメが一粒ついている。
うれしさのあまり、「あなたは、ついさっきまでキスをしていたんですね」と思わず話しかけようかと思ってしまった。「だって、唇にラメがついていますよ」。
ああいいなあ。キスをしたばかりの人が偶然私の前に座るなんて素敵だ。
(二階堂奥歯著『八本脚の蝶』より)


「自分の吐く白い息、思い出した。楽しかった。転んで水に手をついたまま、はあはあいうのも楽しかった。そうだ。俺たちは、俺は、つるつるでごーふるだったんだ、最初から。そして、 そしてホチキスの..。」私は言葉を切って、深呼吸した。こわかったのだ。
「そしてホチキスの針の最初のひとつのように、自由に、無意味に、震えながら、光りながら、ゴミみたいに、飛ぶのよ。」と、女は笑った。
私も、笑った。笑うより他なかったのだ。
(穂村弘『シンジケート』)


「二階堂さんがどんな顔なのか知りたいんだけど、触ってもいい?」
白い杖を持ち替えて伸ばされた手に手を添えて導くと、その指はそれまで誰もしなかった仕方で私を読んだ。
これが私の形。
うすい表皮で外界と隔たれているその輪郭を外側から指先は知り、内側から私は知った。

切り傷ができると、そこから自分の身体がめくれあがっていくところを想像してしまう。そうすれば今度は輪郭のこちら側が内側になるだろう。
私は世界を内に閉じ込めるために自分をくるりと裏返すのだ。

愛撫や探索ではなく、知覚の手。あるいは創造の。その手に観測されて初めて私は存在するのだ。
そのてのひらが加える圧力のままに私の身体はしなり、その手が描く輪郭を内側からなぞって私は瞬間ごとに現れるのです。

だけどどうして物語って世界が一気に壊れてしまうのかな。今日の後の明日って突然に壊れてしまうのかな。現実にはそんなことはない。現実はもっとひどい。世界は少しずつ、少しずつ壊れていくのに。みんなが一生懸命生きて、支えているのに一ミリ一ミリ数えるみたいに落ちていくのに。きっとみんな怖いのよ。怖すぎて物語にできないのよ。世界が完全に壊れきるまで一つ一つ何かを失って、それでも生き続けなければならないなんて。やりきれない。

「シアワセ こんなシアワセでいいのかしら?」
「不安?」
「ううん全然シアワセなんて当然じゃない?お母さんが良く言ってたわ シアワセじゃなきゃ死んだ方がましだって」
これには続きがある。
「お母さんは?」
「……そのとおりに死んだわ」
そしてユミちゃんは首つりでぐちゃぐちゃになったお母さんはちょうどこのレアステーキみたいだったと言いながらおいしいおいしいと食べるのでした。

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レビュー投稿日
2020年2月14日
読了日
2020年2月14日
本棚登録日
2020年1月27日
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