絵島生島 (上) (新潮文庫)

  • 新潮社 (1959年8月12日発売)
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3

(01)
歴史小説をフィクションとノンフィクションに振り分けようとするのは,ナンセンスな試みであろうか.本書も,題材は史実にある絵島生島事件からとっているが,当時の記録や事件へのコメントの行間は,著者が補っているし,補うどころか,著者なりの解釈に基づき,考証しながらも創作している.だから本書は完全なフィクションと言い切れるのだろうか.
問題は読者の側にもある.おそらく本書には,実際に興った事件に対し庶民がその事件を伝え聞いたところから想像した大奥の内実や政争の暗闘,役者と女中の成就せぬ恋(*02)などなど,ある事件に対する時代時代の反応の蓄積が詰まっており,その無名で無数の感想があってはじめて本書が編まれている.
本書に秘められた奥深さ(*03)の原因はそのあたりの事情にも拠っているのではないだろうか.

(02)
しかし,本書の情緒の多くは,前半から後半の途中までしか継続していないようにも思う.そこに何があったのだろうか.絵島や生島の捕縛以降は,それまでの物語とは趣を異として,やや乾いた事実の羅列が表立ってくる.
それは必ずしも物語の構成の失敗ともいえない.前半から暴発するめくるめくエロスの筆致は,絵島と生島のロマンスや肉体的接触への布石でもあり余韻でもあったが,彼女たちが身体的にも,また,高遠藩と三宅島に地理的にも離されたとき,開いたエロスの華は急速に萎んでしまった.
同性愛,SM,幼児プレイ,お医者さんごっこ,のぞきなど数々のやや偏執的な性愛が,史実の中にうまく埋め込まれながら処理されているところには,著者の筆力の確かさを感じる.

(03)
私が本書を読んだ2018年は明治150年と言われている.明治75年は昭和18年であるから,本書が書かれたのは,明治から現在までの折り返し時点よりはこちら側に屬するが,著者の教養はあきらかに,明治元年寄りに位置付けられている.つまり,著者はまだ江戸の教養を生きていた世代でもあった.
本書の文体というよりも用字には特色がある.現代では見慣れない当て字がなされたり,聞き慣れない慣用句なども出てくる.服飾に関する名詞も豊富である.
近代語や近代の文体が確立されたとはいえ,まだ言葉に振れ幅があり,洋服や制服などが標準化するなかにも,着物に親しんでいる生活がまだ身近にあった当時の様子も本書から窺い知ることもできるだろう.

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: contemporary
感想投稿日 : 2018年7月31日
読了日 : 2018年7月26日
本棚登録日 : 2017年9月16日

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