裁判の非情と人情 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店 (2017年2月22日発売)
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本棚登録 : 320
感想 : 39
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法律を扱う仕事をしているのに、法律や裁判にどこか苦手意識を抱いている。
試しに「裁判」の2文字を頭に浮かべると、イメージとして広がるのは、冷たいコンクリート色したグレーの世界。
もちろん、公平さを期するために感情を排した慎重なシステムであるべきなのはその通りだし、よくわかるのだけど。
でも、私が好きなのは、例えば新聞だったら家庭面に「ひととき」などの名前がつけられ掲載されている、誰かが綴った生活の小さなひとコマや喜怒哀楽の話なのだ。

本書は、長年の間、刑事事件の裁判官を務めていた著者による、裁判や裁判所、裁判官の仕事についてのエッセイ集。
エッセイといったって、そこは裁判官。
難しい、厳しいお話が多いのかな? と覚悟しつつページをめくると、予想はくつがえされる。
なんせ、本書の中の本人の言葉を借りれば、著者は「いらいらするほど、緩いキャラ」。
裁判官が自分のことを「緩いキャラ」ってふつう言わないでしょ! と突っ込みたくなるが、他にも随所に答えのない悩みに右往左往したり、ユーモラスな仕掛けをしてことの成り行きを見守る著者がいて、とにかく全体的にとても人間くさいのである。

例えば「裁判の記録」という言葉の意味をインターネットでひくと、「民事訴訟法上、一定の訴訟事件に関する一切の書類を綴り込んだ帳簿」などと表示される。
これだけだと、正直なんのこっちゃ、である。
でも、本書の中に登場するのは、持ち帰った記録を無くさないように寝るときは枕元に風呂敷に包んで置いておいたり、列車の網棚に置いていたものを間違って持ち去られそうになりハラハラしたりする著書の姿である。
このくだりを読んで以来、「記録」という言葉は、私の中でコンクリート色ではなくなった。
苦手なのではなく、ただ単に、知らないことに気が重くなっていただけだったのである。

裁判官も、被告人も、私と同じ困ったり怒ったり喜んだりする人間である。
裁判という、非情な世界を舞台にしているからこそ、そのことが際立つ1冊である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年11月23日
読了日 : 2017年11月23日
本棚登録日 : 2017年10月29日

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