哲学と銘打つものがプラクティカルなものと常にかけ離れた位置にあるとは言わない。それにしても一般の生活者の血肉になるような、生きるための哲学や思索とは…?と考えてみると、本書はちょっと残念な読後感。著者の他の本はなるほどとうなづきながら読めたのだけど。
表題にあがっている問いに関しては、丁寧に考え抜かれた末の定義がなされてはいて、それ自体抜き出してみれば「なるほど」という感じ。しかしよくよく考えてみて、単に哲学上だけの問いから離れてこれを生活の場におろしてみるとどうだろう、という。「何故働くの?」と常に切実に問い続けずにはおれないだけの衝動やくすぶりを日々抱えている人達が、「自分や他者のなした生産活動が互いに影響を及ぼしあう事で資本主義社会や共同体が動く」「未来に生きる自分を再生産するのが労働の一側面」(勝手に要約すると大体そういう内容かと)と言われたとして、そりゃまあそうだよねとしか言えない気がする。例えば会社に黙々と勤め続けている中で、自分は何でこの家族のためにここまでして…と煩悶している人などにはそもそも何の助けにもならないですよね、という感じ。一言で言うと。
だから労働に携わる人達の抱える複雑な感情をすくいあげうる答えだと言うには不十分さがあると思う。ヘーゲルだのマルクスだの持ち出されて最終的に「今の時代金銭を稼ぐだけが『労働』を指すわけではない(例えば家事労働とか)」と何だかありがちな結末に着地したくだりに至っては、期待外れ感が否めない。
結局言いたいのは「色んなしがらみや矛盾の中で働いてる人がこれを読んでどの程度助けになるの?」というもやもや感。少なくとも味気ないハウツー本よりは私は好きだけど。
- 感想投稿日 : 2006年4月10日
- 本棚登録日 : 2006年4月10日
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