柴田元幸さんの訳者あとがきを、少し引きたい。
“それにしても、何と大胆な語り方か。きわめて多くを読者の想像力に委ねている。
謎を元に物語をさらに拡げていくよう、読者はほとんど挑まれている。そういう、読者を信頼する姿勢がすばらしい。”
それって、知りあうこともない作者との間で、一冊の本を通じて築ける最良の関係だと思う。
どうしてドクロは、頭だけになったの?って訊かれたら、こんな答えはどうだろう。
『ドクロとガイコツ』
男は自分の体が嫌でした。
いかめしく響く声も、分厚い胸板も、逞しく力強い両腕も。
その手は農奴を鞭打ち、隣国の兵を撃ち倒しました。
男はそんなことはしたくなかったのです。
でもそれは領主としての務めでした。
男の父親や領民は、喝采して褒めそやしました。
なんて男らしく、誇り高い領主様なんだろう!
男は亡くなるまで立派な領主として振る舞い続けました。
だから、墓地に埋葬されたときにはホッとしたものです。
これで肉体ともおさらばして、ほっそりと身軽な骨だけで過ごせますからね。
誰も骨に責任なんて求めはしません。
でもうまくはいかないものです。
夜な夜な散歩をするたびに、記憶が苛むのです。
体は覚えているのです。
男は怖くなりました。
わたしは、失った強さを、若い肉体を取り戻したいのだろうか?
どっちが、本当の、わたしだったのだろう。
新月の夜にドクロはそっと転がってゆきます。
ガイコツと別れるのは、身を切られる辛さでした。生死が分つことなくずっと一緒にやってきたのですから。
もうこれで、どこまでも走ってゆくことも、梨の木に手を伸ばすこともないのです。
でもドクロは振り返りません。
夜風が吹き抜けて、ドクロを鳴らします。
そっと口笛を吹くかのように。
- 感想投稿日 : 2024年9月5日
- 読了日 : 2024年9月5日
- 本棚登録日 : 2024年7月30日
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