この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。

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レビュー : 23
著者 :
sshigeさん  未設定  読み終わった 

読んでてドンヨリするけど、この人はとりあえず今はなんとかなってよかった。なんとかなったから語るに足る人生の物語として本にもなった。しかし、なんとかならなかった、語るに足らない人生の物語が語られることはあまりない。本にもならない。奇跡が起きないまま終わった、終わりつつある人生の物語が奇跡の後ろに死屍累々と横たわっているのに。その証拠に日本の自殺者は毎年2万人を超えている。そんな人達の人生は語るに足る価値がないのだろうか。

語られる人生の物語には、多くの人が価値を認める。でも語られない物語を目にすることは難しい。可視化されない。認めることができない。だから、その物語の価値は自分で認めるしかない。しかし果たして、苦境の真っただ中にいる人はその価値を自分で認めることができるだろうか。孤立した中で卑屈にもならず、生きる希望を持てるだろうか。

開き直れたらいいのか?というと生活保護バッシングを見ればそれが難しいことは明らかだ。生活保護を受けると生きる負い目、罪悪感を背負ってしまう。その負い目の発生源は自分の中にも外にもある。卑屈になったり罪悪感を背負ってしまうのを本人だけの問題にしていいのか?少なくとも半分は社会の側のまなざしの問題じゃないのか?内面の問題で言うと、マジメさが足かせになる部分は大きい。著者は万引きの罪を告白し、何年も経ってその罪を償おうとしている。テキトウな人だったらしないことだろう。

貧困はお金を払った対価が得られないだけじゃない。お金を払うことによって他人から大切にされるという経験を得ることが難しくなる。床屋や美容院、接骨院やマッサージ、病院。これらのサービスは単に髪を切ってもらうとか病気を治してもらうだけではない。お金を払うことによって、他人から大切にしてもらう、心配してもらうというサービスを含んでいる。自尊心や自己肯定感に関わってくる問題だと思う。

貧困は人間関係の貧困であることもよくわかる。お金がないと誰かと何処かへ行って遊んだり食事することができない。服や化粧品が買えないと小奇麗にすることもできない。床屋や美容院に行くことができない。そして人と会うのがおっくうになり、人と関わることで元気を出すことができなくなる。人と会わなくなると身なりに気を使わなくなる。更に人と会うのがおっくうになる。。。そうした悪循環の中で社会的に孤立してしまう。抜け出せなくなる。うつ病のように精神的に弱っている状態なら尚更だ。そんな感じのことを湯浅誠さんが言っていたのを思い出した。

役所や病院、福祉施設が当事者を精神的に支えることは難しい。事務的な対応に終始したり、あるいは教育的、指導的な上から下に向かう力が働いてしまう。そんな人間関係の中からは、希望を持って生きる力は沸いてこない。だからこそ、当事者同士が精神的に支え合う自助グループのような共同体が必要なのだと思う。なのに、自助グループで嫌な思いをしたことが書かれていて、著者の責任は全くないけど残念に思った。

レビュー投稿日
2018年6月5日
読了日
2018年5月29日
本棚登録日
2018年5月29日
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