大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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本棚登録 : 499
レビュー : 48
制作 : Raymond Chandler  村上 春樹 
円軌道の外さん 小説   読み終わった 

私立探偵フィリップ・マーロウは、莫大な資産家であるスターンウッド将軍の娘が脅迫されている事件の依頼を受け、脅迫状の差出人で怪しい書店を経営するガイガーの家を訪ねる。
がマーロウが周囲を調べている間に、屋敷の中で三発の銃声が轟いた。銃声を聞いてマーロウが部屋に飛び込むと、そこはヌード写真の撮影現場で、ガイガーの死体と裸身で放心状態の将軍の末娘カーメンの姿が…。

孤高の騎士フィリップ・マーロウを主役にしたシリーズの第一作であり、
チャンドラーにとっても記念すべき長編第一作の村上春樹による新訳版。
アメリカ 『タイム』誌「百冊の最も優れた小説(1923~2005)」や仏「ル・モンド」紙「20世紀の名著百冊」にも選出。


いやぁ~、20数年ぶりに読み返したけど
村上春樹の新訳が妙に馴染んで新鮮な気持ちで最後まで読めた。

当時は1956年に出版された双葉十三郎の訳しかなく、
高校生の僕には言葉遣いや文章のあり方が古臭くて、殆ど頭に入ってこず、
傑作と名高いその魅力を十分に堪能できないのが本当に悔しく思っていた。

そんな経緯から、
村上春樹が「長いお別れ」を翻訳することになった時に
僕が一番に読んでみたいと思ったのが
このフィリップ・マーロウシリーズの第一作「大いなる眠り」だった。

それだけに読了後は感慨もひとしお。


陰鬱な雨の描写と哀しき悪女たち、人を殺めてしまったマーロウの心の揺れ、キザ一歩手前のロマンティックなラブシーン、お約束の(笑)殴られ痛めつけられるマーロウ、そして意外な真相とラストで分かるタイトルの意味など読みどころは沢山あるが、
個人的には冒頭スターンウッド家に初めて訪問するマーロウのくだりが粋で面白かった。
豪奢な扉にはめ込まれた、
騎士が縛られた女性を助けようとしているステンドグラスを見て
自分ならこうするとマーロウが心情を重ねるシーンは、
お節介でお人好しのマーロウが 
これからやっかいな事件に巻き込まれていく暗示ととれて、思わずニヤリとしてしまった。

今回再読して一番に感じたのは、
村上春樹の指摘にもあるように
デビュー作とは思えないほど
すでにこの時点でチャンドラーの唯一無二の文体が完成されていたことだ。


マーロウの目と感覚を通して捉えられた一人称の語り。
絢爛たる比喩表現を駆使した詩的でストイックな文体。
腐敗したロサンジェルスを舞台に
社会批判を盛り込んだ深い文学性。
小気味いい会話の妙味と
主要キャラから脇役にいたるまで忘れがたく記憶に残る登場人物たち。
あふれるリリシズムと
散りばめられた宝石のような名言の数々。

酒とコーヒーとキャメルのタバコとチェスを愛し、
シニカルでいて、他人の気に障る冗談を好んで口にし、
どんなに痛めつけられても『痩せ我慢の美学』を貫き、警察や権力に屈しない、
孤高の騎士・ 私立探偵フィリップ・マーロウのキャラクター造形も
すでにこのデビュー作から1mmのブレもない。
(ただマーロウもまだこの時点では33歳の若僧なので、「長いお別れ」や「プレイバック」と比べるとヤンチャさが目立つところは御愛嬌)

チャンドラーの小説は犯人探しや本筋のストーリー展開以上に
キャラクターの魅力と会話や文体を味わうためのものなので(笑)、
ミステリーとしての驚きを期待して読むと弱さは否めない。
(コナン・ドイルやアガサ・クリスティーやダシール・ハメットと比べると物語の筋立てやプロットが弱いという弱点がある)

中でもこのデビュー作は
シリーズ中、もっともストーリーが二転三転し、実にややこしい。
なのでチャンドラー入門編にはオススメしないけれど、
「ロング・グッバイ」「さよなら、愛しい人」「リトル・シスター」と翻訳を続け、チャンドラーの文体が染み込み
同化してきた感のある村上春樹の魅力的な文章により、
紆余曲折を経て真実にたどり着くマーロウの姿は鮮烈に胸を打つし、
小説家としてのチャンドラーの魅力は充分過ぎるほど伝わる傑作だということをあらためて知らしめてくれた。
(チャンドラーの村上訳を読むと、いかに村上春樹がチャンドラーの文体に影響を受けているかが如実に分かるのも面白い)

それにしても今作が後のハードボイルド小説に与えた影響は計り知れないし、
ハードボイルドに限らず幾多の作家がチャンドラーのスタイルを模倣してきた。
村上春樹の初期の作品も本人が公言するようにチャンドラーの影響を受け、ハードボイルド小説の構造をとってきたのは周知の事実だ。

僕のようにかなり昔にチャンドラーにハマり、久々に読み返してみたいと思った人にも、
村上春樹の作品のカラーが好きな人にも、
いろいろと新しい発見に出会える意義のある新訳シリーズだと思う。
(毎作ごとに巻末に書かれたチャンドラー愛溢れる村上春樹の解説がまた素晴らしい!)


なお余談だが、名匠ハワード・ホークス監督が映画化し、
「マルタの鷹」でサム・スペードを演じたハンフリー・ボガートが、今度はフィリップ・マーロウに扮した
本作の映画版「三つ数えろ」も見応えある傑作!
(ボギーは確かにカッコいいが男っぽさが過ぎるし背が低いし、マーロウのイメージではないだろう。チャンドラー自身はケーリー・グラントがイメージに近いと言っていたらしいが…)


★ローレン・バコールが美しい!
映画『三つ数えろ the big sleep』予告編↓
https://www.youtube.com/watch?v=0uaNG3xd9gs&feature=youtube_gdata_player

レビュー投稿日
2015年9月22日
読了日
2015年9月22日
本棚登録日
2015年9月22日
21
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