舟を編む (光文社文庫)

4.16
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本棚登録 : 8124
レビュー : 788
著者 :
円軌道の外さん 小説   読み終わった 

好きだからこその情熱がひしひしと感じられるものや、
何か一つのことに取り憑かれた人たちを描いた話に僕は滅法弱い。
自分の「好き」を嬉々として語る人たちの話を聞くのは妙に楽しいし、
僕自身好きなことなら何時間でも語っていられる。

そう、この小説はまさに「好き」にハマった人たちの物語。
辞書に魅せられ言葉に魅入られた人々の、
静かでいて、熱い熱いストーリーだ。

丹念な取材をもとに物語世界を構築することに定評のある三浦しをんさん。
辞書作りという地味なテーマをこれほど面白く、最後まで読ませる技量はさすがだし、
誰にも身近な存在であるはずの辞書だけど、今まで誰がどのように作っているのかなんて
殆どの人が考えもしなかっただろう。
しかし、まさかこれほど大変な作業だったとは…。
本当に恐れ入った。

定年間近まで人生を辞書に捧げてきた荒木。新しい辞書を作り上げるため後継者を探す彼はある日、大学院で言語学を学び出版社に就職したものの、慣れない書店営業に四苦八苦する馬締光也(まじめ・みつや)と出会う。
言葉に対する類い希なるセンスを見出され辞書編集部に異動になった不器用な青年の、
恋と辞書作りの日々がユーモアを交えながら真摯に綴られていく。

主人公はひょろりとして背が高くひょろ長い手足を持て余し、ボサボサの髪の毛に銀縁メガネ姿の入社三年目の27歳、 
馬締光也(まじめ・みつや)。
友達も恋人もおらず、本を読むこととエスカレーターに乗る人を見ることが趣味だと言う、いわば変人。
僕は先に映画を観たのだけど、文章がすでにアテ書きしたかのように松田龍平をイメージさせてニヤリとできたし、
板前をする27歳の美人、林 香具矢(はやし・かぐや)に一目惚れし恋に悩むシーンは、微笑ましくてかなり笑わせてもらった。
(人よりも言葉を知っているハズの馬締が、それを口に出して伝える術を知らない設定も、なんとも不器用で面白くて応援したくなるのですよ)

他にも、傍目にはチャラいが自由な発想力と独自の着眼点を持つ西岡正志の章が良かった。
言葉への感覚が鋭く、「好き」へ没頭できる才能を持つ馬締に嫉妬を覚えつつも、裏方に徹し彼を渾身の力でサポートする姿は、切なくも本当にカッコ良かったし、映画版でもオダジョーがハマリ役とも言えるいい演技を見せてくれた。

もはや職業病だろうけど、馬締や荒木が会話中に自分や相手の言った言葉の新たな意味を発見して自分だけの世界にトリップしたり、普段何気に使っている言葉の由来を一人妄想したりする様は、
言葉に敏感で文章に慣れ親しんだ読書好きさんなら共感しきりだろう。

それにしても、言葉に込められた多様な意味を知ることで、
一つの言葉の思いがけない広がりと
そこに奥行きがあることに初めて気づかされる。

「あがる」と「のぼる」や
「おませ」と「おしゃま」の使い方の違い、
「愛」の語釈は異性を慕う気持ちでいいのか?
「河童」のイラストはとっくりを持っていたか否か?
「右」や「島」という言葉の語釈は?

その言葉を辞書で引いた人が語釈を読んで、
「心強く感じるかどうか」まで思いを巡らせながら、
馬締は一つ一つの言葉の語釈を考え、推敲していく。

この一連のシーンを読んでいると
今まで辞書というモノは機械が作ったかのような「無機質な言葉の羅列」だとなんとなく思っていたけど、
本当は一つ一つの言葉には正解などなく、作った人によって微妙にニュアンスが変わるし、
一つ一つの語釈にも作り手側の人間味や色や意志が詰まっているということに改めて気付かされた。

馬締が作る「大渡海(だいとかい)」という辞書の名前と、
「舟を編む」というタイトルに込められた、しをんさんの思いにも
胸が熱くなる。

広く深い言葉の海。
辞書が言葉の海を渡る舟なら、
時には舟を作った人たちに思いを馳せてみよう。

誰かに何かを伝えるためにも、
誰かと繋がり解り合うためにも、
僕たちはもっともっと言葉を知り理解しなければ。
日本語の奥深さに気付けば、本を読むことも改めて好きになるだろうし、
言葉を知って使い方を覚えれば覚えるほど、
人と繋がることが楽しくなるハズだ。

好きを貫くことや全力を尽くすことの美しさを感じられる本だし、
読後は必ず辞書を手に取り、
馬締がこだわった「ぬめり感」や紙の質を確かめたくなります(笑)

レビュー投稿日
2015年4月6日
読了日
2015年4月6日
本棚登録日
2015年4月6日
33
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