暗闇の中で子供 (講談社ノベルス)

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本棚登録 : 1298
レビュー : 172
著者 :
抽斗さん どこかにあると、まだ信じてる   読み終わった 

破綻して破綻して破綻して肯定する。本当を書け本当を書け本当を書けと言って「だから俺は嘘を書く」。
救いがないことが救い、という小説だと私は思っているが、人によってはこの結末は本を投げたくなるかもしれない。そういう本である。
舞城さんは物語=虚構という問題の闇を、もうこの段階で書いてたんだな……。

↓↓↓ 以下、ネタバレ ↓↓↓

この本の主人公・三郎は自分の価値を稼ごうとするが、結局のところそれはあり得ない形での「肯定」によって、全て台無しになる。あるいは、全てが成就されてしまう。
それは絶望でありながら救いで、同時にどん底の孤独だ。自分の主観が全てを決定し、そこに他者の価値観はない。だから自分以外の意思は存在しないし、ゆえに否定も存在しない。
「俺は生きていると思うので生きているのだ。愛していると思うので愛しているのと同じように」。
舞城作品の主観的・感情的な作品世界の闇がここにあり、舞城さんはこの作品でそれを非常に自覚的に書いたのだと私は思う。三郎は孤独のまま、自分はハッピーだという。しかしそれは嘘なのだ。しかしそれは、嘘による彼のリアルなのだ。そんなわけない、という形の現実。それを三郎は生きているのだ。

「それらの物語に含まれていた真実とはつまりコミットすることとデタッチすることの同時性についての問題に関する何かだっただろう。誰かと一緒にいながら本当の意味では一緒にはいないということ。他人との隔たりと密着が同時に起こるということ。」

他者は存在するが、同時に存在しない。しかし、存在しないからこそ、存在する。
それは三郎が自身を肯定「してしまう」ことによって他者から切り離されるパラドックスそのものである。主観を肯定し他者を必要としなくなった時点で、逆に彼は世界から否定されてしまうのである。

「ある特定の物事は、際限なくどんどん悪くなるんや。そういうのには、最悪の状況とか果てとか底とかはないんや。どんどんどんどん悪くなって、さらに悪くなり続けるんや」

自分を肯定するための世界を、それでも必要とするか否か。虚構を生きるというテーマは、村上春樹作品に通ずるものがあると思う。

レビュー投稿日
2015年3月14日
読了日
2015年1月23日
本棚登録日
2015年1月23日
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