悲しみの歌 (新潮文庫)

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本棚登録 : 769
レビュー : 95
著者 :
抽斗さん 誰かのためじゃない   読み終わった 

『海と毒薬』の勝呂医師が登場する、ということで読んだ。彼が主人公の続編というよりは、群像劇の中のもっとも重要な一人というような立ち位置である。
事前に読んだ人たちからの感想を聞いていたので、かなり身構えつつ読んだのだが、本当に悲しい結末だった。しかし、その救いのなさのために、私は遠藤周作に感謝した。

なんて人は悲しくどうしようもないのだろう。なぜ善人が傷つけられ、痛めつけられ、苦しみ悲しむのに、しょうもない人間がのうのうと生きてえらい顔をしているのだろう。
この作品に出てくる勝呂医師やガストンに比べて、若手記者や大学教授、そして学生たちは本当に愚かでしょうもない。彼らは深く考えず自分のために人を踏みつけにする。そして、踏みつけにしても知らん顔ができる。それどころか、彼らは自分が人を踏みつけたことを正当化さえできるだろう。
それに比べて、勝呂医師は苦しむ人を助けてあげながら過去の罪に問われる。ガストンは人を助けるために懸命に働いて、人に馬鹿にされる。
どうしてこの世界では、こんなにひどいことが許されるのだろう。どうして神様は、こんなに優しい善人たちを助けてくださらないのだろう?

勝呂医師は誰にも許されずに死んでしまう。彼の名誉は、おそらく死後も回復することはない。彼は社会的に悪人のままなのだ、彼の名誉を取り戻してくれる人はいないのだ……。
しかし、一方で彼は絶対的な許しを与えられる。それがガストン≒キリストの存在である。
ガストンは彼の人間としての尊厳を守ってくれる。先生はいい人、優しい人だと言って、それを理解してくれているのだ。それは全く社会的な許しではない。また、彼の生命をも救ってくれない。
しかし、勝呂医師の人としての尊厳を守ってくれる。ガストンは無力であるが、その許しは神の赦しにも等しい。それが読者にはわかる。私にはわかる。それが悲しくてたまらない。

その赦しがあまりに優しく、そして無力であるゆえに、私はそれを信じることができた。とても悲しいけれど。社会に受け入れられない人間でも、神様には赦してもらえる。泣くしかない。

レビュー投稿日
2019年3月17日
読了日
2019年3月2日
本棚登録日
2019年3月2日
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