荒涼館〈4〉 (ちくま文庫)

  • 筑摩書房 (1989年5月1日発売)
4.12
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感想 : 11
4

荒涼館に引き取られた、出自不明の少女エスタ。彼女をめぐる物語、そしていつまでも決着がつかないジャーンディス対ジャーンディス訴訟事件の結末は・・・?

荒涼館、怒涛の最終巻。
2、3巻があまりに凄かったので、最終巻は少々落ち着いたところもあったけれど、この物語にふさわしい大団円といえたのではないだろうか。

本としての完成度だとか、物語としての評価だとかを言わせてもらうと、少々難をつけたいところも少なくはない。無駄な文章が多すぎる気がするし、筆の勢いにまかせて書いたのでは? と思うところもあったのだ。
しかし、それでもこの『荒涼館』を読み終えた今、私はいい読書をしたなぁ、と思っている。この感情を上手く言うのは難しい。たとえば4巻でのこんな場面。エスタがバケット警部とともに、夜通し雪の降る道を馬車で走り続け、びしょ濡れになってやっとある宿につき、休んだあと、再び出発しようというところ。
「私が馬車に乗って、皆さんにお礼とさよならをいった時、一番下の娘さん――十九の花ざかりで、一番先にお嫁にゆくはずですとか聞きましたが――が、入り口のステップにやってきて、身を乗り出すと私にキスをしました。その時以来私は一度もこの娘さんに会っておりませんが、今でも私のお友達だと思っています」
ここは物語の本筋に全く関係がないのだけれど、私はこのくだりを読んだとき、嬉しくて、胸がいっぱいになって、この物語を抱きしめたくなったのである。
先が見えなくて、びしょ濡れで、凍えそうなときに入った宿。そこで温かく世話をしてくれた人々。そして、そこを出るときに一瞬で通った心――。それこそ、その娘さんが何十年来の友であったかのような。なんの理由もなく、なんの必然性もないけれど、この場面を読んだときに湧き上がった幸福感とは何なのだろう。
人間愛、と言えないこともない。けれども、そんなに大層なものではないのだ。この娘さんは、この全4巻の物語のここ数ページしか登場しないし、エスタにしたことといえば、キスをしただけ。しかし私は今でも、この場面が確かに目に焼きついている。

『荒涼館』の魅力は、これに似たものなのではないかと思う。
張り巡らされた数々の伏線や、入り乱れる多くの人々はそれぞれに魅力的だけれど、その物語が生み出すうねり、その中にはっとするようなきらめきを感じるからこそ、この物語は力強く、また時に愛おしいのだろう。
特に、この物語の主人公であるエスタ。私は彼女の、幼いときに繰り返し願っていたという願いの文句がとても印象に残っていて、それを探してからこの本の感想を書こうと思っていた。しかし、いくら探しても見つからないので、こんなにこの本の感想を書くのが遅くなってしまったのである。
それは確か、淋しく不幸な少女時代の彼女の「どうか人の役に立てますように、私の力が他人のためになりますように」というささやかな願いだったとおぼろげながら記憶しているのだが、その願いの意味こそ、この物語の全編に散りばめられたテーマだと思うのだ。だから、私は彼女が「あまりにいい人すぎてあまり好きになれない」とは思わなかった。むしろ、そんな彼女を主人公にしてこそ、このような物語が生まれたのだろうと思う。なぜなら、「人の役に立ちたい、人にとって自分の存在が意味を持って欲しい」、というのは、誰でも持っている、本当に本当に“ささやかな”願いだと思うからだ。
なので、私はエスタをとても好きだったし、最後まで彼女に飽きることがなかった。飽きるということなら、私の場合むしろ、エイダのほうだった。エイダに比べれば、私はエスタのほうが断然人間味があって、生き生きした人物だったと思う。

というわけで、『荒涼館』、読めてよかったです。4巻で少し物語のパワーが緩んでしまったけれど、全体としての評価は星4つ半、です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 誰かのためじゃない
感想投稿日 : 2011年7月23日
読了日 : -
本棚登録日 : 2011年7月23日

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