樹影譚 (文春文庫 ま 2-9)

著者 :
  • 文藝春秋 (1991年7月10日発売)
3.73
  • (18)
  • (39)
  • (43)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 403
感想 : 48
4

次も「第三の新人」です。
って、急に言われても何のことか分からないですね。
この本の前に、安岡章太郎「ガラスの靴・悪い仲間」(講談社文芸文庫)を読んだのです。
決して古びておらず、むしろ現代的なセンスを感じました。
第三の新人は、自分の読書人生を振り返っても手薄だったので、この機会にまとめて読むことにしたのです。
ちなみに吉行淳之介「原色の街・驟雨」、庄野潤三「プールサイド小景・静物」を購入済み。
さて、丸谷才一の「樹影譚」です。
3篇収められていますが、全て丸谷の特徴でもある歴史的仮名遣いが採用されています。
表題作の「樹影譚」は、風変りな作品です。
話の内容というよりは、構造が風変りなのです。
本作ではまず初めに、小説家である語り手によって、なぜこの作品を書くのかが書かれます。
言うなれば、手の内を明かすようなものです。
それから本題に入って行くわけですが、これも少し変わった話。
主人公の小説家(七十何歳という設定)の元に、ファンだという老婆から1通の手紙が届きます。
こちらに来る時にぜひ会いたいというのです。
最初は丁重に断った主人公ですが、老婆の姪だという女からも来訪を懇願する手紙が届き、渋々行くことになります。
そこで老婆から主人公にある事実が告げられます。
主人公が自分の息子だというのです。
唐突にそんな話を聞かされても、「ああ、そうですか」と鵜呑みにするわけにはいきません。
老婆と主人公の間で、化かし合いのような問答が続きます。
主人公は一貫して老婆の言うことを信じません。
ところが最後に、老婆から衝撃的な事実が語られます。
「七十何歳の小説家から二歳半の子供に戻り、さらに速度を増して、前世へ、未生以前へ、激しくさかのぼってゆくやうに感じた。」
前世、さらには未生以前にまでさかのぼっていくというのが実にいいですね。
表題作も良かったですが、「鈍感な青年」がぼくは一等気に入りました。
主人公の青年が、思いを寄せる娘を自分の部屋に誘います。
ところが、下心が見透かされ、誘いを断られてしまいます。
青年は仕方なく、娘を地元の佃祭に誘います。
ところが、行われているはずの佃祭が行われていない。
地元の人に聞いて、佃祭は3年に一度しか行われていないことが分かりました。
青年は娘と蕎麦屋へ入り、氷いちごを食べながら詫びます。
娘はこれを咎め立てせず、逆に青年の部屋へ行こうと誘います。
大願成就すべく青年は張り切ります。
二人は房事に及ぶわけですが、事はそううまく運びません。
青年は童貞、女も処女だったのですね。
青年が情けなく果てるまでの過程は、たしかに男としてはもどかしいものの、丸谷の筆は冴えに冴え、ほとんど陶然として読み耽りました。
最後は、青年の鈍感さが浮き彫りになって終わります。
これもオチとしては、とても納得のいくものでした。
「夢を買ひます」は、すみません、あまり印象に残りませんでした。
でも、丸谷がいかに上手い作家かというのは分かりました。
うん、満足です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年2月4日
読了日 : 2018年2月4日
本棚登録日 : 2018年2月4日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする