ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅 (幻冬舎新書)

著者 :
  • 幻冬舎 (2018年7月30日発売)
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歴史の暗黒面を刻んだ観光地を訪れることを、「ダークツーリズム」と呼ぶのだそうです。普段、観光について取材する機会が多いにも関わらず、恥ずかしながら本書を手に取るまで知りませんでした。
もっとも、ダークツーリズムという言葉が世に出て来たのはごく最近のこと。何でも、世界的に人気になっている旅の一形態なのだそうです。本書は、日本のダークツーリズム研究の第一人者が、世界各地の「負の遺産」を訪ね、観光の新潮流の行方を展望したものです。
著者が訪れた場所を章ごとに順に紹介すると、小樽、オホーツク、西表島、熊本、長野、栃木・群馬、インドネシア、韓国・ベトナム―です。トップを飾った小樽でダークツーリズムとは意外でしたが、小林多喜二を生んだ地ということに光を当てれば、たしかに頷けます。小樽では、陸軍の特攻艇マルレが隠されていた事実も明らかになりつつあるといいます。
エコツーリズムの聖地として知られる西表島は、実は「疫病と搾取」という悲しい歴史を持つ島でもす。詐欺同然で集められた炭鉱労働者が島から逃走しないよう、地域通貨で賃金が支払われていたという事実には衝撃を受けました。
熊本では、水俣病やハンセン病、炭鉱労働の記憶、栃木・群馬の旅では、日本初の公害事件と呼ばれる足尾鉱毒事件の跡をたどります。
インドネシアではバンダアチェを訪ね、WHOのまとめで22万4千人もの人が亡くなったというインド洋津波の現場を見ることで災害復興について考えました。
いずれも物見遊山では得られない価値のある旅でしょう。ただし、ダークツーリズムの旗色は、必ずしも良いというわけではないようです。足尾鉱毒事件の現場となった渡良瀬川を含む一帯は現在、ラムサール条約にも登録された湿地となっていますが、ダークサイドから掘り下げる紹介は、市の当局から拒まれたといいます。観光の持つ明るさを強調したい観光学系の学会からも煙たがられているそうです。
しかし、歴史に負の部分はつきものです。悲しみの記憶をしっかりと受け継ぐことが、明るい未来を築くことにもつながるのではないでしょうか。本書でも触れられていますが、多喜二は愛する田口タキに送った恋文で、「闇があるから光がある」と書きました。秋の行楽シーズンには、ダークツーリズムで歴史の暗部に目を凝らしたいものです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2018年8月28日
読了日 : 2018年8月28日
本棚登録日 : 2018年8月28日

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