13億人のトイレ 下から見た経済大国インド (角川新書)

著者 :
  • KADOKAWA (2020年8月10日発売)
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感想 : 27

【本書の概要】
急速な経済発展を遂げるインド。しかしその経済発展は「トイレ無き成長」であった。
インド人13億人のうち半分がトイレのない暮らしをしており、特に農村部の住民ほどトイレを使用していない。そこには都市と農村の経済格差や、カースト制度による「浄・不浄」の考えかたの違いが潜んでいる。
また、比較的トイレがある都市部でも、下水管理がきちんとされておらず、水質汚染や感染症の危険と隣り合わせだ。
そうした病気の憂き目に合うのは、カースト制度の最下層である「ダリット」の人々だ。彼らは排せつ物の清掃の仕事を割り当てられており、劣悪な環境で働かされている。
インドのトイレの問題は、貧富の差やカースト、都市と農村の格差といった社会的問題を浮き彫りにするものである。

【詳細】
①都市と農村におけるトイレ設置の実情

13億人のうち半分がトイレのない暮らしをするインド。モディ首相は2014年に、5年間で野外排泄をゼロにするためのスワッチ・バラート政策を提唱し、2019年に達成の宣言をした。
しかしその実態は、地域にトイレが一定程度設置されていればOKというどんぶり勘定であった。また、家にトイレがある人の半数は、トイレの清掃や管理が面倒だからという理由で依然として野外排泄している。

同時に、トイレを建設したのに補助金が貰えない、架空のトイレが計上されているという問題も起こった。それはインドが強い汚職と賄賂の社会であるからだ。

トイレの設置状況に関しては、都市部が圧倒的に高い。これは都市と地方の強い経済格差が背景にあるからだ。

インドの人口比で約7割を占める農村部では、トイレが使用されない割合が高い。女性たちがトイレとして使う茂みや草むらには多くの野生動物が潜み、蛇やサソリに襲われる危険がある。また女性はレイプとの危険も隣り合わせである。家父長制の残るインドにおいては、農村部だけでなく社会全体としてレイプが深刻な問題になっている。


②水質汚染や感染症と隣り合わせの劣悪な労働環境

都市部で発生する下水のおよそ7割は処理されないまま放出されており、インドの水資源の4分の3が汚染されている可能性がある。都市部でも下水インフラが未発達であり、汚れた排水――特にスラムから排出されたもの――がそのままガンジス川に流されていることもあり、水質汚染と感染症の原因になっている。

そうした劣悪な衛生環境の憂き目に合うのは、カースト制度の最下層で不可触民とされたダリットと呼ばれる人たちだ。
彼らはカースト制度により排せつ物の清掃を押し付けられ、他に労働の機会を与えられていない。収入が低いため手袋やマスクを買う余裕もなく、素手で排せつ物を扱うなど、奴隷同然の労働をしている。

下水処理の仕事が最下層民の役割とされているのは、ヒンドゥー教には「浄」と「不浄」を分ける考え方があり、死に関するものや血、排せつ物、垢、死者などは不浄なものとして、最下層の清掃カーストに押し付けられたからだ。もちろん、ダリット自体も「不浄」のカテゴリに入る。
そのため、ダリットは日常的な差別に合っている。差別は農村部で特に酷く、いじめや社会的分離を受けている。

インドのトイレの問題は、貧富の差やカースト、都市と農村の格差といった社会的問題を浮き彫りにするものである。


【感想】
トイレから見たインドの姿をまとめると、
①「成長著しいインド」は都市部の発展だけを見た描写
②都市部と農村の経済格差は他国の比ではない
③汚職とカースト差別が蔓延
である。
「まあ、そうだろうなあ」という感覚であった。

インド全体でトイレの普及が進まない理由が、経済格差にもあり社会規範にもありと、かなり複雑化している。カースト制度が「格差を格差のまま固定化する」という設計になってしまっていることが、トイレ無き経済成長の一因であるのは間違いないだろう。しかし、そこはヒンドゥー教という「宗教」の範囲であり、政治的に踏み込むことが難しい。せめて、格差が大きいままでも国民全体がもう少し豊かになれば、インフラの整備も進むだろう。依然として残された差別意識は、貧困が減少した後に取り組むほかないと思う。

本書のベクトルとはずれるが、読んでいて面白いと思った情報を一つ。

インドは州制をとっており、州政府によって地域に特色が生まれる。インドの中で突出して特異なのは南西部のアラビア海沿いに位置する「ケーララ州」であり、なんと普通選挙を通じた共産党政権である。国自体が民主政権なのに州が共産政権というのは世界的にもかなり珍しいらしい。
そんなケーララ州はかなりリベラルな州であり、教育や保健に相当な力を入れている。識字率はほぼ100%、幼児死亡率も先進国並みで、平均寿命もインド全体の平均と比べて10年ほど長い。ヒンドゥー教がイスラム教やキリスト教と融和しているため、カースト制の影響も薄いという。

インドにおいても政権が変わればしきたりがここまで違うものなのか、と思わず感心してしまった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年12月20日
読了日 : 2020年12月17日
本棚登録日 : 2020年12月17日

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