限りなき夏 (未来の文学)

  • 国書刊行会 (2008年5月1日発売)
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感想 : 21

 プリースト初の日本版短編集。

 えええ、プリーストって今まで日本で短編集出てなかったんかいと、あらためて驚いた。

 70年代のイギリスSFを代表する作家として、ベイリー、ワトスン、プリーストと並べて名前が出ることが多いけれど、ワトスンとかベイリーの短編集はずいぶん前に出てるのにねって、これはどちらも早川からで、プリーストはSF方面では早川から冷遇されていたことにも気付く。プリーストの(SF)長編は、サンリオと創元だからなぁ。
 それにしてもサンリオの『逆転世界』カバーには、続刊予定として『昏れゆく島へのフーガ』川本三郎訳、が告知されてて、あと少しがんばってくれればなぁと…。

 で、実は僕もあんまりプリーストは好きでなかったのだった。ベイリーやワトスンに比して、アイデアが世界を律するという傾向が強くなく、この人が書きたいのはSFとはちょっと違うんではないかなぁという偏見があったのだ。誰か、ワトスンとプリーストの間で行われた「アイデア」×「スタイル」論争をまとめてください。
 ま、プリーストのやっかいなところは、にもかかわらずアイデア自体は非常にSF的大技として魅力があるものだったりするということなんだけど。

 で、これまで刊行されるや即買いだった『未来の文学』の中では例外的にだらだらと引き延ばしたあげく購入。表題作は時間SF。『20世紀SF 70年代篇』で既読だった。でも大丈夫、すっかり忘れていたので。

 これ『時の娘』とかに収録されてたら、やっぱりプリーストは違うねぇと絶賛していたかもしれないな。SF的なガジェットはあるんだが、そんなことはお構いなしに失われた恋人の周辺をひたすらウロウロするだけの主人公がなんとなくバラード。ただ、バラードは女の尻を追いかけてるだけでもSFになるんだが、プリーストはなんだか違うんだよなぁという気もしないでもない。

「青ざめた逍遥」はやはり時間SFで、単体で読むといい作品のはずなんだけど、表題作から続けて読むとややもたれる。

「逃走」はデビュー作。収録作品の中では、圧倒的に早い時期の作品。時代の雰囲気の影響を受けてる感じだ。

「リアルタイム・ワールド」は非常にストレートなSFで好感。既訳のある長編とかとどこか似たテーストがあって居心地がいい。


 ここからは「ドリーム・アーキペラゴ」連作。
 冒頭の「赤道の時」の世界描写が鮮やかで、これは〈夢幻群島〉の舞台を素描したものであり、ストーリーはまったくないのだけれど、上空からの視点で情景を書くプリーストの筆がのっている。
 読んでる最中から「誰に絵を描かせるか」とか、そんなことを考えてた。集中一番好き。

「火葬」は、うーん、ホラーだよ。「奇跡の石塚」は世評が高いのだが、なんとなくピンと来なかった。あわただしく読んでしまったかもしれない。プリーストはそういう読み方をする作家ではないのだ。あと、このタイトルは田中啓文がなんかやりそうだなという気がした。

「ディスチャージ」は軍を脱走した兵士が、群島に散らばる娼婦たちのネットワークの助けを借りながら、芸術家としての自分を取り戻していくという筋で、終盤のややサスペンスじみた展開は蛇足だと思うが、非常に面白かった。

 んー、こういうの読むと、やはり「ドリーム・アーキペラゴ」で一冊にまとめて欲しくなるよね。


 さて、本書の中でもっとも印象に残ったのは、古沢嘉通氏の訳者あとがきの安田均の翻訳SFへの貢献を確認する文章だったかもしれない。当初、プリーストを訳していたのは安田均だったし、ベイリーの日本における紹介を先導したのも彼だったと言っていいだろう。
 両者を読んだことがある人なら、この二人に同時にアンテナを立てることは難しいということが分かるはずだ。
 僕が中学生くらいの時にはすでに安田氏は「ゲームの人」だったわけで、遡行して海外SFについて調べ始めてから、SFに残した足跡の大きさに気付いたわけである。そのときにまいた種は、古沢氏の言うとおり、今になって芽吹いているとも言える。とはいえ、またSFの仕事もして欲しいなと思うわけだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2010年1月4日
読了日 : 2010年1月4日
本棚登録日 : 2010年1月4日

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