ノルウェイの森(上)

著者 :
  • 講談社 (1987年9月10日発売)
3.61
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本棚登録 : 4283
感想 : 421
5

※レビューは上下巻同一内容です。

発売当初に読んだ覚えがあるのですが、映画化するにあたってもう一度読んでみました。当時16歳、現在38歳、同じ本を読んでも感じ方は全く違うでしょうね。だた残念なのは、当時の感想を殆ど覚えてない事です...。

終始引き込まれながら読み続けたのですが、村上春樹さんの表現は本当に知的ですね。一文一文に感心してしまいます。

ストーリーは深いです。共感できない部分も多いです。でもそれは死を選ぶ人の感覚なので、感情移入できないのは、ある意味幸せなのかもしれません。

よく『考え方を変えれば全てが解決する』と言いますし、私もそれを信じて生きていますが、そんな事じゃ変わらない魂の傷と言うか、思考とは別領域に住む何かが存在するのでしょうか。

人が沢山死にます。虚空にいる感覚になります。でも『見えない落とし穴』にハマる可能性は、誰にでも秘めているんですよね。ハマってしまったら、そこから抜け出そうと努力するなんて、無駄な事なんでしょうかね...。

いやレイコには希望が見え隠れしています。無駄とは言い切れない事を表現するための登場人物なのでしょうか?全てがクリアになり得ない作品です。なぜ突撃隊がいなくなったかも不明ですし...。

ただ、直子と緑が相反する存在であるのは確かだと思います。最終的に、『死の要素』を持つ直子の引力に、『生の要素』を持つ緑が勝ったのだと思います。緑がいなかったら、たぶんワタナベもキズキと同じ運命を辿っていたと想像します。

結果的に、緑がワタナベを救ったのだと思いますが、直子の存在と直子の秘めたものに関しては、思い出す毎に考えてしまいます。読み手に与える影響も強く、考えさせられる作品です。ベストセラーとなった所以はその辺にあるのかもしれません。

ありがとうございます。

★★★★★

以下、本書で共感した箇所です。

☆(上)page.18

 文章という不完全な容器に盛ることができるのは不完全な記憶や不完全な想いでしかないのだ。

☆(上)page.26

 カーテンはときどき洗うものだということを誰も知らなかったのだ。カーテンというのは半永久的に窓にぶらさがっているものだと彼らは信じていたのだ。

☆(上)page.47

 深刻になることは必ずしも真実に近づくことと同義ではないと僕はうすうす感じとっていたからだ。

☆(上)page.181

 たとえ何が起ったにせよ、それを良い方向に進めていくことはできるわよ。

☆(上)page.223

 人は何かのことで嘘をつくと、それにあわせていっぱい嘘をつかなくちゃならなくなるのよ。それが虚言症よ。

☆(下)page.100

 ナガサワ「ときどき俺は世間を見まわして本当にうんざりするんだ。どうしてこいつらは努力というものをしないんだろう、努力もせずに不平ばかり言うんだろうってね」

 ワタナベ「僕の目から見れば世の中の人々はずいぶんあくせくと身を粉にして働いているような印象を受けるんですが、僕の見方は間違っているんでしょうか?」

 ナガサワ「あれは努力じゃなくてただの労働だ・・・努力というのはもっと主体的に目的的になされるもののことだ」

☆(下)page.215

 恋に落ちたらそれに身をまかせるのが自然というものでしょう。私はそう思います。それも誠実さのひとつのかたちです。

☆(下)page.223

 死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ・・・我々は生きることによって同時に死を育んでいるのだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2012年5月18日
読了日 : 2010年9月24日
本棚登録日 : 2010年9月24日

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