本書は、ここ数年の素粒子論・宇宙論の導いた知見を紹介しながら、「モデル依存実在論」と称する著者の哲学・科学観を披露する。

それは、絶対真理となる唯一の物理理論モデルの構築を追究するのではなく、ある観測事実を説明するのに最も都合の良いモデルを複数の異なるモデルからその都度状況に応じて選択利用すれば良いとする考えだ。

この考え方は、安直な認識論的相対主義に短絡し易い点に注意しなければならないものの、従来の科学観を覆す新たな知見として学ぶ価値はあったように思う。

2011年8月8日

読書状況 読み終わった [2011年8月8日]

著者は、「戦闘的美少女」という日本のオタク文化に顕著なキャラクターモデルを軸に、アウトサイダー・アーティストのヘンリー・ダーガーの作品分析、ラカン派精神分析の理論、海外オタクの告白、かな漢字二重表記にみる日本のメディア特性などのさまざまな考察を迂回しながら、情報化と相対化の進む現代社会において自らの「セクシュアリティ」を利用することの重要性を主張する。

著者は「セクシュアリティ」こそ「情報化・相対化に最後まで抵抗するもの」として称揚するが、その根拠が肝心であるにもかかわらず明らかにされていないため、主張のところどころに腑に落ちない部分が多くある。

だがヘンリー・ダーガーの分析やおたくの定義、日本のメディア特性に触れた各論の分析の深度には唸らされものがあり、本書が2000年代以降のサブカルチャー分析に多大な影響を与えたのも納得である。

2011年8月3日

読書状況 読み終わった [2011年8月3日]

知的障碍者の芸術活動を支援する福祉施設、「アトリエ・インカーブ」を設立した著者の、苦悩と葛藤に満ちた半生記である。

アートとデザインそれぞれの役割や福祉と市場の共存について自問自答を重ねながら、著者は福祉・芸術・市場・行政・教育の5つを有機的に繋げる「デザイン」に辿り着く。

次々に現れる問題に悩み、苦しみ、それでも本質に迫ろうともがく著者の姿には、胸を熱くさせられる。

2011年7月13日

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読書状況 読み終わった [2011年7月13日]

禅宗の入門書に最適との評判から手に取ったが、期待を裏切らない読み易さ。

著者は禅における「悟り」の解釈を舞台設定や殺人の動機に巧に絡め、読者は話の筋を追うだけで自ずと禅の本質に近づくことになる。

何より京極堂の語る禅の薀蓄が見事に明快で、謎解きよりこちらにもっと頁を割いて欲しかったくらいである。

2011年7月11日

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読書状況 読み終わった [2011年7月11日]

身内の介護に従事する市井の人々の内なる想いを、著者はフィクションの力を借りて慎重に、丁寧に掬い上げる。

介護に悩む人々は決して世に珍しくはない、だが介護に身を捧げる人々の心の澱、徒労、嫌悪、悲哀、諦観、様々な感情の鬱屈する私たちの隣人の心の声を、普段どれだけ耳にすることが出来るだろうか。

言葉にならない領域に言葉を与えるという、文学の役割を誠実に熟すこの小説には、読む者の心を打ちのめすだけの力が宿っている。

2011年7月11日

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読書状況 読み終わった [2011年7月11日]

思春期の入り口に立った頃を思い出す。

著者の描く子どもたちの夏の風景に、自尊心を上手く言葉に出来ないもどかしさや性の萌芽に対する戸惑い、これからの人生に対する漠然とした不安が滲み出ているからだ。

物語は最後の美しい情景を頂点に収束し、読者に静かな余韻を残す。

2011年7月8日

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読書状況 読み終わった [2011年7月8日]

これまで出会ってきた人々との思い出がいつも幸せなものとは限らないし、言葉で綺麗に掬い取れない感情が残ることもある。

著者はイタリアの街並みを描きながら、あるいは彼女の愛した文学作品を語りながら、掬い取れない感情を味わう静かな喜びをそっと教えてくれる。

静謐な文章で綴られた、滋味掬すべきエッセイ。

2011年7月8日

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読書状況 読み終わった [2011年7月8日]

古今東西の偉人の嫉妬が、バラエティ豊かに紹介される。

歴史から嫉妬について有益な教訓を見出すのはなかなか難しく、それぞれの偉人の姿を反面教師として肝に銘じるのが関の山だろう。

様々な人物のエピソードがコンパクトにまとまっているもののやや内容が薄いため、本書をきっかけに興味を持った偉人を自分でどんどん調べてみるといいかもしれない。

詳細感想→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-30.html#more

2011年7月8日

読書状況 読み終わった [2011年7月8日]

中年女性の一人称によって、誰かの生や死にまつわる出来事(それは妊娠中の娘の里帰りだったり舅の三回忌だったりする)が、日常の風景に溶け込むように静かに語られてゆく。

しかしながらエピソードの中にギョッとするような比喩が不意打ちのように差し込まれ、生命の器たる身体の“不気味さ”が急に浮き彫りとなる仕掛けが随所に散りばめられているから、読者は油断が出来ない。

どの短編も、身体の不思議を言葉によって無暗に明らかにするのではなく、ただその不思議なまま、そのままを読者に語りかける。

詳細感想→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-29.html#more

2011年7月7日

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読書状況 読み終わった [2011年7月7日]

科学的根拠に基づいた医療(EBM)、臨床試験の質に基づいた批判的レビュー、偽薬(プラセボ)効果のみに頼る代替医療に反対する理由など、本書で展開されるそれぞれの考え方は、有象無象の医療情報に翻弄される今日の私たちに必須の医療リテラシーである。

また、効果の定かでない代替医療が世界的に受容されていくプロセス、政治や経済を巻き込みながら様々な人々の思惑入り乱れる様は社会学的な好奇心を刺激してくれるだろう。

タイトルに象徴されるように、代替医療否定という結論ありきで書かれたことがありありと見て取れる論調はクールでなくて残念だけれど、学ぶべき点の多い良書。

詳細感想→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-31.html

2011年7月3日

読書状況 読み終わった [2011年7月3日]

英語を武器に働く女性をドアの「あちら側」、「あちら側」を夢見て英会話スクールや留学に勤しむ女性をドアの「こちら側」と二分し、36人のインタビューを通じて双方の実情を詳らかにしようという。

なぜ一部の女性が英語に過剰な思い入れをするのか、彼女たちの背景にどのような共通点があるのか、それは社会のどのような構造に関わるのか、という分析をあらかじめ放棄しているので、社会学者の著作としては切れ味が無い。

「あちら側」も「こちら側」の女性も人生いろいろである、ということを知りたければぜひ。

2011年6月29日

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読書状況 読み終わった [2011年6月29日]

「過激派」と言えば9.11テロに象徴される「狂信的な振る舞い」にばかり目を奪われがちだが、彼らの運動の根底には私たち社会の構造上の問題がある。

それは一部の集団が富と権力を独占し、他の集団を搾取するという格差の構造であり、思想や宗教はかような構造に対抗するための憑代に過ぎない。

このような結論は短絡的に過ぎるかもしれない、だが狂信的な彼らの運動を一部の「気が狂った」集団のものと決めつけて目を逸らすのではなく、あくまで私たちが向き合うべき社会の問題であるということを、本書は端的に教えてくれる。

2011年6月26日

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読書状況 読み終わった [2011年6月26日]

『ツイッターが社会を変える』『クラウド・コンピューティングが企業を変える』など、新しい情報技術と社会の変革を関連付ける言説が巷に溢れかえっている。

著者は情報技術分野における技術決定論的な言説の流行が過去50年、全く変わらない構造のまま繰り返されている事実を暴き、情報技術と社会を同時に語ろうとする「情報化社会論」の幻想にメスを入れる。

あっという間に陳腐化してしまう情報技術の流行サイクルにある種の“胡散臭さ”を感じている方は、きっとこの本が“胡散臭さ”の正体を追究する手がかりを与えてくれるだろう。

詳細→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-33.html

2011年6月26日

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読書状況 読み終わった [2011年6月26日]

「死」の世界に近しい老人の昏い悦びから始まった「性」を巡る追憶の旅が、最後には命の誕生、つまり「生」を象徴する母の存在に辿り着いてしまった驚き。

私が思うに、この小説の深みは、強烈に比較すればするほどその境界が曖昧になってしまう「生」と「死」の関係性(エロスとタナトスの表裏一体性)を暴いてしまう「性」の本性を、読者に理屈抜きで体感させる点にある。

一見すると眉を顰めかねない背徳的な舞台設定だが、「生と性と死」を巡る物語の思想性と抑制の効いた描写のおかげで、嫌悪感を催す卑猥さや汚らわしさとは無縁である点も驚異。

ガルシア・マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』と併せた感想の詳細→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-26.html#more

2011年6月26日

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読書状況 読み終わった [2011年6月26日]

書評を論じる評論というより、著者の書評に対する想いをしたためたエッセイのような趣。

著者の判ずる良い書評・悪い書評の豊富かつ縦横無尽な引用のおかげで、書評の多様性と可能性を思い知ることが出来る。

著者の時に辛辣な物言いや無遠慮な主張は読む人を選ぶが、書評と批評と感想文の違い、文字数制限の効果、粗筋紹介とネタばらしの問題、英米クオリティペーパーの書評欄と日本の書評の比較、素人の書評ブログやアマゾンのカスタマーレビューの賛否など、議論を呼ぶ興味深いトピックが多く取り上げられているので、書評というものに少しでも興味がある方には刺激的な本となるだろう。

2011年6月25日

読書状況 読み終わった [2011年6月25日]

下巻は上巻で展開された知見の応用のようなテーマが多く、正直上巻以上の衝撃はない。

しかしエピローグで展開される「考察すべき今後の課題」や歴史科学を巡る考察は、非常に示唆に富む指摘に満ちている。

上下巻を通じ、長い時間的尺度・空間的尺度を用いた比較研究の重要性を実感するのは間違いないだろう。

感想→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-28.html#more

2011年6月22日

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読書状況 読み終わった [2011年6月22日]

現代社会の不均衡、富と権力の格差の究極的な原因は、自然環境にある。

これだけ聞くとよくある環境決定論のように思うが、人類誕生から眺めやる巨視的な視点、多岐に渡る学問の知見を集約する学際性、膨大な事例とデータの紹介によって論を展開する本書は、凡百の主張とは説得力が違う。

何より読者の好奇心をくすぐる問いかけの仕掛けが見事で、まるでミステリー小説のようにあっという間に読ませてしまう点もこの本の魅力。

感想詳細→http://takatakataka1210.blog71.fc2.com/blog-entry-28.html#more

2011年6月21日

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読書状況 読み終わった [2011年6月21日]

著書が教鞭をふるった神戸芸術工科大学まんが表現学科創立期のエピソードと、自身の大学時代に出会った民俗学の恩師とのエピソード、この二つを主軸に交えながら大学教育の在り方を問うエッセイである。

生きるための「方法」(それは小手先の技術や知識ではない)を生徒に教えることに情熱を注ぐ著者と必死に食らいつこうとする学生の熱量を目の当たりにすれば、学生の学力不足を嘆く先生方の「教える工夫」衰退こそ問題にすべきではないかと思わせる。

「AO入試批判」批判の章の著者の視点はまさに慧眼であり、生徒の能力をいかに引き出すかという問いは、教育に携わる者全て(それは教育機関関係者にとどまらず、例えば仕事場の後輩指導に携わる者も含まれるだろう)がいつも心に問い続けなければならないだろう。

2011年6月21日

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読書状況 読み終わった [2011年6月21日]

音楽以外に見放されたモーツアルトと音楽だけを渇望してやまないサリエリ、共に音楽なしには生きられなかった二人の邂逅の物語。

最後のレクイエムの口述筆記の場面、天啓を受けたように音楽を紡ぐモーツアルトと、彼への嫉妬さえ忘れて筆記に夢中になるサリエリ、二人の孤独な魂は最後の束の間、確かに共鳴していたことを思わせる。

たとえその先の二人に悲劇が待ち構えていたとしても、この場面の美しさは「アマデウス(神に愛されし者)」の音楽と共に、きっと一生心に残るだろう。

2011年5月27日

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読書状況 観終わった [2011年5月27日]

「吸血鬼は招かれなければ、家の中に入ることが出来ない」という定番の設定を「愛」の隠喩として巧みに描いた映画だと思う。

「少女」でもなければ「人間」でさえなかった相手に対し、全て承知の上でドアを開ける、つまり自分の家に迎い入れる主人公の行為には、相手の存在をありのまま受け入れる受容的な「愛」の美しさが示されている。

しかし一方には、自分を愛する男を新たに乗り換える必要に迫られた「少女」の打算的な「愛」の姿があり、ドアが再び自分たちの外側に開かれることのない二人の未来を仄めかす結末を思うと、決して美しいだけの純愛の物語を意図した映画ではないことが伺える。

2011年5月10日

読書状況 観終わった [2011年5月10日]

思うに、素晴らしい音楽映画はどれも物語の主題と音楽の魅力の合致に成功している。

この映画におけるそれは、過去の政局によって解散を余儀なくされたオーケストラの団員たちが再び一致団結するという「調和」の物語と、ヴァイオリン協奏曲の美しい「調和」の見事な合致である。

その極致である最後のオーケストラ演奏のシーンは、それまでの映画に対する不満(たとえば驚きの少ない単純な物語展開や、前振りとはいえ音楽の魅力までセリフで説明してしまう無粋な演出)さえどうでも良くなる程に、感動的である。

2011年5月10日

読書状況 観終わった [2011年5月10日]

主人公はある日突然「奇妙な出来事」に遭遇し、訳が分からないまま巻き込まれてゆく。

本作品も著者のいつものお決まりパターンを踏襲した短編集だが、過去の作品と比べたとき、「奇妙な」度合いが少ない分だけ現実寄りの話が多く、主人公がいかにしてその「出来事」を受け入れるのかという描写に力を入れているあたりが特徴的である。

サーフィン中にサメに食われて命を落とした息子の母親を主役に据えた話が上記の特徴を表す最たるもので、特別印象に残った。

2011年4月16日

読書状況 読み終わった [2011年4月16日]

東京の大学に入学するため田舎から上京してきた三四郎が、人生の先輩たちや友人の影響を受けながら「自分探し」に迷いつつ、年上の美禰子に恋をする。

いつの時代も「自分探し」と恋愛こそが若者の心を支配するテーマであり、だからこそこの小説は現代の私たちにも通用する青春小説の古典たり得ているのだと思う。

それにしても漱石は、掴みどころのない都会的な女性を魅力的に描くのが巧い。

2011年4月6日

読書状況 読み終わった [2011年4月6日]

「他人の夢の話ほどつまらないものはない」などとよく言われるが、夢には脈絡がなく掴みどころのないものが多いことを思えば、およそ語り手に対する親密な興味でもない限り、退屈を覚えてしまうのも仕方が無いというもの。

脈絡のなさという点について言えば、「こんな夢を見た。」から始まる本書の夢の話とて例外ではない。

しかし読み終えたときに感じる居心地の悪さはまさしく奇妙な夢から覚めた後のそれであり、その感覚はどこか懐かしく甘美でもあって、不思議ともう一度読み直してしまうのである。

2011年4月4日

読書状況 読み終わった [2011年4月4日]
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