古本で購入。

師の宮本武蔵の遺言に従い江戸の色里、吉原に赴いた松永誠一郎。
彼を襲う裏柳生の忍、「自治都市」吉原の本当の姿、そして神君御免状。

ただただ一言、傑作。
謎が謎を呼ぶ物語の巧妙なつくりと、それが徐々に解き明かされていく過程が、すごく心地いい。

「道々の輩」などと呼ばれた傀儡子ら中世以来の遊行者たちがつくりあげた、無縁・公界としての都市、吉原がまた魅力的。
沖浦和光が「豊饒な闇」と表現した彼ら被差別民の世界が活写されていて、「やるなぁ」と感心してしまう。

一気読み推奨。オススメ。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。上下巻。

舞台は14世紀、後に「百年戦争」と呼ばれる戦争真っ只中のフランス。
劣勢にある国を救ったブルターニュの貧乏貴族、容貌魁偉の戦の天才にして救国の英雄、ベルトラン・デュ・ゲクランの天衣無縫の一代記。

イギリスとフランスの泥沼の戦争が繰り広げられる世界で、ひとりの喧嘩上手の男が成り上がっていく様は痛快で、単純におもしろい。
日本の歴史小説としては割と(かなり?)ニッチな百年戦争、しかもジャンヌ・ダルクが活躍する末期ではなく初期を扱っているというだけで、歴史好きにはたまらない。
こういう、天から遣わされた(司馬遼太郎風)ような男が閃光のように駆け抜ける歴史物語は、やはりいい。

不満があるとすれば、合戦の様子がけっこうカットされるところだろうか。
ライバルのジャン・ドゥ・グライーといよいよ決戦!というところで場面の転換、その戦いの顛末をざっくりと回想…というのは、ちょっと残念だった。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

1969年(昭和44年)1月、東大安田講堂事件。
学園紛争の「天王山」と言われるこの攻防戦を、警備側の責任者のひとりであった佐々淳行の実体験を基に描くドキュメント。

「安田城籠城は彼らにとって疑似戦争体験だった。それはイデオロギーにゆがめられた、幼児的ともいえる憂うべき心理状態だった」
と筆者が喝破する、本書に記された暴徒学生たちの振る舞いと他者不在とでも言える暴力は、実に幼稚で、身勝手である。筆者は彼らの行動の動機の純粋なる部分を認めつつ、やはり怒るのである。

“最前線”で状況を見続けた当事者なだけに、その描写は生き生きとしていて、文章も読ませる。
警察側の人々が魅力たっぷりに、かっこよく描かれているのは、その功績を知られることなく亡くなっていった「彼らを顕彰する鎮魂賦」として本書が書かれている以上、当然のことだろう。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

南洋の島国ナビダード民主共和国。
大統領に上り詰めたマシアス・ギリ、日本からの慰霊団が乗るバスの消失、巫女の力をもつルメリアナ…

くらくらするように暑く、色彩に溢れ、花のにおいがあふれるような南国の気配と、そこに渦巻く人々の思惑。
現実と幻想の境の曖昧な、神話的でさえある豊穣な物語の世界に浸ることができる。

ネットの書評をきっかけに読んでみたけど、よかった。
「次はどうなってしまうんだ…!」というハラハラするような読書体験ではなく、じわりじわりと読者の周囲が呑み込まれていくような感覚がいい。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

『岳物語』に続いて購入。

思春期に入りつつある岳少年と、シーナおとうの物語の後編。
親離れ・子離れがはっきりと始まっていく親子の、どこか甘く、何となく切ない雰囲気が、なかなかいい。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

小学生のころ読書感想文用に購入。

「おとう」こと椎名誠と、その息子「岳」の何気ない、そしてかけがえのない日々を綴った物語。
そう、これは「物語」であって、決して「エッセイ」などではない。

きっとこれを読んだ子供をもつ父親母親は「こんなふうに育てたいなぁ」と少なからず思うだろうし、これを読んだ思春期手前の少年少女は「こんなふうな親父がほしかったなぁ」と少なからず思うだろう。
でもこれはきっと虚実取り混ぜた「物語」であって、本当にこういう“理想のチチとムスコ”がいるわけではないのだろう。

家族小説でもあり青春小説でもある本作にどうしてもこういう穿った、斜に構えた見方をしてしまうのは、岳少年の姉(翻訳家・エッセイストの渡辺葉)が「本人の希望により」登場しないとは言え、存在さえないように一家が描写されている、そういうフィクション性による。

ただこれを初めて読んだときには「なんだかすごい親子がいるもんだ」とワクワクしていたので、小中学生くらいに読んでもらう本としては、けっこういいと思う。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

「腹上死であった、と記載されている」
あまりに有名な書き出しで始まる、王朝時代中国風の世界を舞台にしたファンタジー小説。

皇帝の死後、田舎娘の銀河が宮女狩りによって後宮に入って始まるこの小説は、架空の歴史、架空の文献によって綴られる偽史調の物語。
そこかしこにユーモアが仕込まれていて、中国史に多少詳しい読者であればくすりと笑ってしまう。そのあたりは多くの史書などに触れてきたであろう作者の本領発揮というところだろうか。

ところでこの『後宮小説』、見方を変えれば、美女・美少女たちの織り成すストーリーは「萌えアニメもかくや」という感がある。
無口系の江葉、気位の高い世沙明(セシャーミン)、新帝に肉親以上の愛情を抱く玉遥樹(タミューン)など、出版が1989年ということを考えれば、「先取り」と言えなくもない。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

まぶしい夏、のどかな田園、はしゃぐ子供たち、そして死体。
死体を隠そうと奔走する幼い兄妹たちが主人公のジュブナイル小説であり、死体の「わたし」視点によるホラーでもある。

あっという間に読むことができるけど、テンポもよく、スリルもなかなか。
ラストの(本筋とは関係ない)どんでん返しにも「あっ」と思わされる。

それにしても、夏の田舎と死体の親和性はどこから来るのだろう。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

「愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです」
終業式の日、担任クラスの生徒たちに辞職の挨拶をする女教師の“告白”から幕を開ける物語。

「人間の悪意を描かせたら当代一」とも言われる湊かなえ作品、初読。
この『告白』には、教師の目線・生徒の目線から見た中学校の抱えるイヤな部分が充満している。それが漂わす、饐えたようなにおいがすごい。

自意識まみれの中学生の幼稚なエゴイズムと、女教師による冷え冷えとした復讐。
ラスト1ページの残す読後感の悪さ、実にいい。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

「日本推理作家協会賞 短編部門 受賞作」
「『おすすめ文庫王国』2012 本の雑誌増刊 国内ミステリー部門 ダントツの第1位!」
というような惹句を目にして、さてどんなものだろう…と読んでみたが、うーん。

何と言うか、「イマドキのミステリー」という感じ。
誰しもに事情があり、人には言えない秘密があり、交錯する人間関係があり…それでもラストはどこか心があたたまる。
そういう“イマドキ”っぽさがちょっと合わなかった。

2015年8月1日

読書状況 読み終わった [2015年8月1日]

古本で購入。

「幽霊よりモンスターより、人間が一番怖い」
これを地で行くどころか驀進するのがこの小説。

保険金殺人をネタにした作品なのだけど、作者が元生命保険会社員だけあってその仕組みの説明、抱えている歪み、逆手にとった詐欺行為など、ディテールがものすごくしっかりしてる。
それでいて読む手を止めがたいほどに読ませるのだからすごい。カード社会の闇を描いた宮部みゆき『火車』と並ぶ。
夜通しぶっ通しで読むのに最適な1冊。

貴志祐介の作品を読むのはこれが初。
こりゃ相当なもんです。別のも読もう。

以下、ちょっとした(そしてしょうもない)ネタバレ。

事件の中心にいる「本物の化け物」の姿がジワジワ明かされていくあたり、緊迫感と言い恐怖感と言い抜群なのだけど、読む前からそれが誰かわかってたのが残念。
と言っても誰かにバラされたとか、書評の類を見てしまったとか、そういうのではない。

犯人はそう、明石家さんま。

映画『黒い家』の公開当時からしばらくの間、大竹しのぶとの結婚生活をネタにするたび、大竹がこの映画に出演していることに引っかけて
「俺の家がホンマの黒い家」
みたいなことをよく言っていたのだ。

まさか10年以上の時を超えてネタバレになるとは…

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。上下巻。
本棚整理にあわせて再読。

国家に“殺された”息子の仇を討とうとする自衛官によるイージス艦の反乱に、アメリカが作り出した新型兵器と北朝鮮の精鋭工作員が絡み合う舞台仕掛け、そこに福井晴敏お得意の「バディ」モノのアクションが加われば、一級のエンターテインメント小説ができあがり。
ミステリー仕立ての序盤からハリウッド映画さながらの大ドンパチが始まる後半のクライマックスまで、ズンズン読ませる。

作品としては後のものになる『終戦のローレライ』と通じるのは、主人公のひとり、先任伍長の仙石のこの言葉。

「生き甲斐だよ。生きててよかったって思うことだよ。それがあるから人間、生きていけるんじゃねえか」

国家を背負った男たちの物語にあって、それぞれの登場人物が最後にたどり着くのはそこ。
ものすごく大きくて重いテーマを扱った作品を書きながら読後感が爽やかなのは、このあたりに理由があるのかもしれない。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

全4巻。
本棚整理にあわせて再読。

ドイツからもたらされた潜水艦「伊507」とそれに搭載された特殊兵器「ローレライ」めぐる陰謀と戦いを描いた小説。
戦史モノと言うよりはSFに近いが、エンターテインメント作品としてよくできてる。

南方戦線で地獄と人の本性を見たことから「あるべき終戦の形」「国歌としての切腹」をめざす男、それを生きる人々を無視した頭でっかちのくだらない思い込みと反発する少年と伊507の乗員たち。
『亡国のイージス』同様、暑苦しいまでにアツい福井節が炸裂している。

「『甲斐』を見つけろ。そのために生きて、そして死ね」
これもまた『亡国のイージス』と通じるテーマ。
「何のために生き、何のために死ぬ?」というド直球のメッセージを突き付ける、希望へと続く大作。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

美術館運営・管理学を専門とする著者がアメリカの美術館事情について紹介する本。
内容はニューヨークのホイットニー美術館にフェロー(給費研究員)として派遣された頃の体験談と、企業が文化を支えるアメリカの実情の紹介の2部構成になっている。

読みやすくおもしろいのは、もちろん前者の体験談。
フェロー出身者たちが形づくる派閥や同期のフェローとして集まった面々、スポンサー集めのための連日連夜のパーティー、現代の「宮廷」としての美術館…
読み物としておもしろいのだけど、旅行で長期間空けていたアパートに帰ると留守中に部屋の様子を見てもらっていたオシャレでゲイの友人Aの気の利いたメモと贈り物があって嬉しいとか、同期のフェローと初めて顔を合わせたときの「男の子が少なくてつまらないなぁ」という感想とか、ひと昔ふた昔前くらいのレディースコミックのようなエピソードがちょっと気持ち悪いというのが本音。

「文化にはカネがかかる」
このあまりに明白な事実を、日本では国も企業も人々も知らない。
基本的なことだけど、これが本書を読んで感じる日米の圧倒的な違いだと思う。
今話題の大阪市新市長を筆頭とするような、「コストカットは文化行政から」という発想が官民万民の共通見解のようになってるあたりが、この国の“未成熟さ”を表しているのだ。

スポンサーが必要な博物館・美術館と、そこに投資することで社会的評価など利益が得られる企業というwin-winの関係、「営利だけが目的でない経済活動の一環としての文化」というものは、この本が書かれて20年以上経った今も理解されていない。
よく言われることだけど、パトロンや寄附という「文化」は、やっぱり日本の風土に会わないのかもしれない。
「民間資金の活用」などと叫ばれて久しい中、自分の仕事を顧みても無関係だと言っていられない課題。

如何せん古い本なので現在どうなのかわからないが、アメリカにおける企業と文化の関係がわかりやすく書いてあって、それほど肩肘張らずに読める。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

昭和38年(1963)、週刊朝日に14週にわたって連載された開高健のルポルタージュ。
ボウリング場・ナイター釣堀・磐梯高原などを訪ねた見聞録になっている。

高度成長を迎えて敗戦国から「大国」への道を驀進するかに見える日本の、アメリカ化していくレジャー、観光会社のゴリ押しで姿を変える山や川、客と演者の奇妙で濃密な親近感が満ちる演芸館。
日本のハードとソフトが様変わりしていく、その一幕を切り取った風俗ルポとして見てもおもしろい。
無茶苦茶で軽薄で、ただエネルギーはある。エネルギーしかない、のかもしれない。
そうしたエネルギーの残骸が今も日本のそこら中に残っていて色褪せたわびしさを漂わせているのだが、残骸たちが熱を帯びていた時代が生々しく、ときに開高一流の皮肉たっぷりに描かれている。

印象的なのは最後を飾る「遊び場ルポのおわりに」の一節で、少し長いけど引用。

「たいていの場合、私には人びとの横顔が、なにかに追われて逃げるとちゅうでちょっと横道へ入って一息ついているところなのだといっているように見えてならなかった。ひとことでいえば、血まなこである。血まなこで遊んでいるのだ。奇妙な表現だけれど、私たちは血相変えて“楽シイ!”と叫んでいるかのようなのである」

…今の日本人は、我々はどうだろう。
「○○離れ」などと何の根拠があるのか、離れることの何がいけないのか、わけのわからないことが昨今よく言われるけれども、低成長の時代にあって、日本人はようやく「血相」を抑えて個々の身の丈に合った「遊び」をするようになってきたのかもしれない。

同じく開高の傑作ルポ『ずばり東京』と合わせて読むと、いっそうおもしろいかと思う。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。全3巻。
本棚整理にあわせて再読。

万暦34年・慶長11年(1606)、明からの冊封使を迎える琉球。
大明帝国の緩やかな支配機構に組み込まれ平和な日々を送る琉球ではあったが、島津による侵略の風聞は頻々と聞こえてきていた。
抵抗か、屈服か。琉球・島津・徳川、それぞれの思惑を孕みながら南海に嵐が迫る―

と書いてみるといかにも壮大なスケールの歴史ドラマが繰り広げられそうだが、「陳舜臣作品だからそれほどの大波乱はないんだろうな」と思わせるあたり、皮肉でも何でもなくもはや作家の人徳である。
そして案の定ない。

琉球の運命を大きく変えることになる島津の侵略。
ただこの物語の中での主眼はそれではなく、そこを画期として琉球の人々がどのように「これからの琉球」を考えて行動していくか、というところにある。
確かに大河ドラマ向きな内容かもしれない。まぁこのボリュームを半年でやるのは駆け足だと思うけど…

すらすら読めて結構おもしろいのだが、気になる点もいくつか。
たとえば主人公である啓泰の弟の啓山は何事にも「つまらん」と冷笑する斜に構えた男だが、島津との戦で一変、得意とする芸事を興隆させることにより琉球の未来に貢献しようとする。
ただこの成長が描かれず、兄目線で「弟も変わった」というようなモノローグがあるだけでピンと来ない。

たとえば啓泰が想いを寄せる従姉妹の阿紀。
一時の淡い逢瀬があるなどそれはそれで物語になりそうなのだけど、特に何もなく結婚。
序盤の伏線(振り)はなんだったのか…

…いくつか読んできたけど、ひょっとして陳舜臣って人間を描くのがあまりうまくないのでは?

あとこれは作者の責任じゃないけど、尾崎秀樹による解説がやっつけすぎてひどい。
ほぼ粗筋が書いてあるだけ。

いろいろ書いたけど、17世紀初頭の東アジアを琉球を軸に見られる作品として貴重&おもしろい。
普段あまり触れない感じの歴史小説が読みたくなったらどうぞ。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

地域誌『谷中・根津・千駄木』(のちに『谷根千』)で下町ブームに火を点けた谷根千工房の設立メンバーである著者が、団体の活動の中で関わってきた建物保存運動についてまとめた本。
「東京」と銘打つものの、活動地盤のある台東区・文京区が中心になっている。

古い建築物を壊すことに抵抗のない人は、その建築物がもつ文化史的な文脈やそこで繰り広げられた歴史・営みを一顧だにしない。
あるいは「役割を終えたのだから新しくして有効に使った方がいい」と、スクラップ・アンド・ビルドを「いいこと」と捉える。

利益・利便性を追求するならそれもいいかもしれないが、そうして“生まれ変わった”街の薄っぺらさと言ったらないのだ。
古い建物が消えるということは、要はその場所に積み重ねられてきた有形無形の歴史の層が消えるということ。
いみじくもタモリが言ったように「土地は記憶している」のであり、それは建物であっても同じ。
記憶を失って薄っぺらくなった街には薄っぺらいヒトと薄っぺらいモノしか集まらない。何よりおもしろくない。おもしろくない街に魅力はない。

本書で取り上げられる谷根千も上野も職場の周辺。
何気なく歩いていた街を“知る”ことでその風景の見え方が変わってくるというのは、歴史の醍醐味のひとつに違いない。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

谷崎潤一郎は日本の推理小説の発展に重要な影響を与えた作家である、という。
その一事でも意外なのだが、江戸川乱歩をして自らの青年期にとって「谷崎ほど刺激的な作家はいなかった」と言わしめたというのだから驚きだ。

小説としての技術の巧さというような話はさておき、『春琴抄』とは一味も二味も違う読み心地がいい。
収録された「柳湯の事件」の、恋人を殺したと思い込んだ青年が濛々と湯気の立ち込める銭湯の風呂の底に間違いなくヌラヌラとした恋人の死体があったと独白するシーンの描写の細かさなど、実にアレでステキである。
犯罪というものが漂わせる甘い腐臭と、大正~昭和初期の頽廃的な雰囲気がマッチしていておもしろい。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

明治中期、国民新聞社の記者であった松原岩五郎が、その新聞上の連載として東京の最下層の様相を記したルポルタージュ。言うなれば「東京貧民窟潜入記」。
自ら日雇い労働者となって異臭漂う木賃宿に泊まり、残飯屋で働き、そこに生きる人々やその社会を観察している。
覗き趣味や暴露趣味に陥らず、いわゆる“社会派”らしいお上批判のようなものもない。そういう点で、解説者の言う「記録文学」という表現がぴったりな気がする。

「貧大学の入門生」として大貧民窟に飛び込んだ松原によって詳細に描かれる世界は雑多で不衛生、充満する湿気と饐えたにおいが感じられるよう。
その日を食っていけるか、冬の寒さを凌ぐための布団さえ満足に得られない、そういうギリギリのところで生きている人間を描くけれど、その悲惨さを煽るような書き方ではない。まさに「記録」。

35の短篇から成っているが、特に印象的なのは「20 最暗黒裡の怪物」と「27 生活の戦争」。
前者は行商仲間との旅の途中で立ち寄った伊香保の貧民社会を描いたもの。
崖地に建物を積み重ねたようなその場所の最下層、10畳程度の穴蔵に起居する按摩や座芸者ら盲目・聾唖の人々。彼らの酋長として君臨する「酒呑童子の如」き男。
支配下にある人々から売上をはね、彼らの話から宿場の客の増減や景気を伺う男の様は、異界の話でもあるかのように本書の中でも奇妙でおもしろい。

後者は車夫たちの熾烈な客取り争いを描いたもの。
ひとりの紳士を獲得しようとする言い争いは、喜劇やコントのような滑稽味がある。

「ガラガラバタバタ旦那参りましょう、何をぬかすこの畜生、己れが先だい箆棒め、旦那参ります、糞でも喰え、胴突き倒すぞ瓢箪野郎め、旦那参ります、旦那々々…」

文語体と漢語修飾の多用によってやや読みにくい文章ではあるけど、おもしろい。
この本と共に明治の記録文学の傑作と言われる、横山源之助『日本の下層社会』も読んでみたい。
この両書が二葉亭四迷の影響によって生まれた、というのも気になる。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

「天災は忘れた頃にやってくる」
と言った(と言われている)物理学者、寺田寅彦の短いエッセイを集めた本。
「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」
という著者の願いを無下にした一読者ではあるけれども、夜ごと数編を読んで眠りにつけば、きっとゆったりした心持ちになれるだろう。

寺田寅彦の「気付き」の鋭さおもしろさに唸らされる。
いっこうに花の咲かないコスモスに、ある日アリが数匹いた。よく見ると蕾らしいのが少し見える。コスモスの高さはアリの身長の数百倍、人間にとっての数千尺にあたる。そんな高さにある小さな蕾を、アリはどうして嗅ぎつけるのだろう―
言われてみれば何てことのないような、だけど誰も気にもとめないようなことに、「あぁ、確かに」と思わされてしまう。

また、俳人でもある彼の目を通して見る東京の日常は、詩情豊かで味がある。
永代橋のたもとに電車の監督と思しき四十恰好の男がいて、右手に持った板片を振って電車に合図している。左手は1匹のカニを大事そうにつまんでいる。そうして何となくにこやかな顔をしている。この男には6つ7つの男の子がいそうな気がした。その家はそう遠くない所にありそうな気がした―
読んでいて知らず微笑んでしまうようでいて、どこかせつない感じのエピソードがいくつもある。

日々の生活に、そうした光景はきっといくつも通り過ぎていくのかもしれない。
僕の生には詩が足りない。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

古本で購入。

初夏の長野県安曇野。
半年以上前に山で行方不明になった女性の頭蓋骨が発見された。それも車や遺留品が残された地点から遥かに離れた場所で。
妻の死の真相を追い求める三井周平だったが、山では第二、第三の女性行方不明事件が起きていた―

エンタメ小説が読みたかったので、知らない作家ではあったけど読んでみた。
圧倒的なカタルシスがある作品ではないものの、山中で起きている異変やジワジワと迫る「それ」の存在感と恐怖感の「見せ方」はうまいと思う。

ただ、オビの
「宮部みゆき氏 絶賛!」
「超一級のパニック・エンタテインメント!」
っていう売り文句はちょっとハードル上げすぎなんじゃないかなぁ。(まぁオビってそういうものだけど)
知らず上げられた期待値を、「大満足」というところまでは持って行ってくれなかった。

実在する地名・自治体・施設の中に架空のものが挟み込みこまれているからリアリティがある。こういう世界観づくりは好み。
作者は既に亡くなっているそうだけど、別の作品も読んでみたい。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

90年代スタートのジャンプのバトル漫画を代表する作品のひとつ。全28巻。

漫画・アニメ方面の幕末ブームの火付け役(加速化役?)なのは間違いないでしょう。
とりあえず同年代には「竹刀や傘で牙突のマネをした奴は正直に手を挙げろ」 と言いたい。

要するに、るろ剣で最もかっこいいのは斎藤一であるということです。
「無論 死ぬまで」とか言ってみたい。

それにしても、2009年製の携帯電話の予測変換候補に「るろうに剣心」と入っているのが、ちょっとした驚き。
更に(今さらながら)ビックリするのは、連載期間が5年に満たないこと。
人気作は5年でも10年でも連載させてる最近のジャンプと比べると、何とも意外の感がありますな…

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

2011私的夏の文庫フェア第4弾。
ついでに今さらながら初・川端康成。

解説の三島由紀夫曰く、「真の頽廃」。
薬か何かで“死んだように”眠る少女(「眠れる美女」)、男が娘から借りた右腕(「片腕」)、養っていた娘の他殺死体(「散りぬるを」)、その姿や体の描写はどこまでも執拗で、ほとんど偏執狂的。
3つの短篇全てに漂う死のにおいと、そこから却って感じられる生という倒錯に、川端康成の堂に入った変態っぷりをまざまざと見せ付けられる。

深く深く屍か生きた人形の如く眠る少女と添い寝をするために、男としての機能の尽きた老人が集まる秘密クラブのような海の近くに建つ1軒の家。
閉塞的でグロテスクな世界を描きながらもいわゆる「エログロ」に陥っていない、それどころか美の域に達している文章は、さすがはノーベル文学賞受賞と言うべきなのかな。

ネクロフィリア的フェティシズムに溢れた、至高の変態芸術小説。
川端康成を見る目が変わる。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]

ふと手にとって再読。

幼い頃に貰った銀の匙を本箱の抽匣から見つけたことをきっかけに、伯母の限りない愛に包まれ育った子供時代を述懐する、中勘助の自伝的小説。

夏目漱石が絶賛したという 「大人には書けない子供の世界」の描写は本当すごい。
野山に満ちる草花や虫や鳥、彩りに溢れる雑多な街。
子供の目に映る世界の大きさ・豊饒さ・こわさが、流れるように美しい言葉で描かれている。

「地上の花を暖かい夢につつんでとろとろとほほえましめる銀色の陽炎のなかにその夢の国の女王のごとく花壇にはここかしこに牡丹がさく、白や、紅や、紫や」

後篇、墓参のために生国へ帰ったものの病と衰えで再び上京できなくなった伯母を、数年ぶりに「私」が訪ったときの話。
思いもかけない甥の訪問に喜び、気も転倒した伯母はどう歓迎の意を示すか考える余裕もないまま、魚屋であるだけのカレイを買ってきて煮付けにする。
もういらないと言う甥に「そんなこといわずたんとたべとくれ」と勧める伯母さんに、読んでて涙が出てきた。
老いて「影法師みたいになってしまった」伯母さんの、その健気さに泣けてくるのだ。

温かでせつない味わいのある1冊。オススメ。

2013年9月20日

読書状況 読み終わった [2013年9月20日]
ツイートする