ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊 (中公新書)

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本棚登録 : 671
レビュー : 87
著者 :
takeshishimizuさん 正高信男   未設定

著者はもともとサルの研究者だけれども、子どもの成長や老人のことにも興味を持って取り組まれている。どの本を読んでも、よくまあこんな実験するなあ、と思われるようなことを次から次へやっている。今回は、著者が用事でたびたび渋谷の街に訪れるようになったのがきっかけで出来上がった。電車の中でも平気で床に座り込んでいる高校生。夏でもルーズソックスをはいて暑そうな女子高生。電車の中で化粧をしたり、ケータイで大声で話したり、常にメール交換をしている若者。いったいこの人種は何者なのだ。と、そのとき著者は気づいた。自分はサル学者だ。動物の行動を研究するのが自分の仕事ではないのか。こんなおもしろい対象が目の前にあって放っておく手はない。そして出来上がったのが本書である。電車の中で化粧をしたりベタッと床に座ったりするのと、引きこもるのとは同じ現象だと著者は考える。自分の世界に入り込んでしまう。それが外に出るか内にこもるかの違いだけだというのだ。メル友が100人いたからと言ってそれが本当の友人と言えるのだろうか。他人と関係を持つことができない、コミュニケーションがとれない人が増えていると言われている。少し長くなるが実験を紹介しよう。メル友300人以上の女子高生(ケータイ族)とケータイを持っていない女子高生(非ケータイ族)に集まってもらう。そこで2人1組でこういうゲームをする。2人の最初の所持金は5000円ずつ。第1のプレーヤーは第2のプレーヤーに賭けるか賭けないか2つの方法が選べる。第2のプレーヤーも同じ。賭けると自分の5000円を支払うため自分の所持金はなくなるが、相手には新たに10000円が渡される。つまり相手のプレーヤーの所持金は15000円となる。第2のプレーヤーも賭けるか賭けないかを選べる。4つのパターンが考えられるのが分かるだろうか。①2人ともが双方に賭ける。すると、2人の所持金はそれぞれ10000円ずつとなる。②第1のプレーヤーが相手に賭けたにもかかわらず、第2のプレーヤーは賭けない。すると、1人目は手持ちがなくなり、2人目が15000円もらうことになる。つまり抜け駆けということ。③これはあまり起こり得ないが、第1のプレーヤーが自分に賭けてくれなかったのに、第2のプレーヤーはお金を出すという場合。1人目は15000円が手に入り、2人目は手持ちがなくなる。2人目の人はちょっと「おひとよし」ということ。④2人とも賭けない。この場合は2人とも所持金は5000円のまま。どうだろう、自分ならどうしますか。①のパターンが2人の所持金合計を加えれば最も有利ということになる。でも、自分のことだけを考えれば②を選んでしまうことになる。さらに2人ともが双方に関係を持ちたくなければ、④になる可能性が高いだろう。さあこのゲームをケータイ族と非ケータイ族に別れてやってもらう。結果は想像がつくだろうか。詳しくは本書の4章をお読み下さい。非ケータイ族では①のパターンが多いけれども、③になることもあるというからおもしろい。情けは人のためならず。5章にもおもしろい実験がある。その説明はできないけど、ぜひ自分でもやってみてほしい。世の中豊かになり、どんどん便利になっていく。しかしそれが本当の幸せに通じているのだろうか。著者はそんな問いかけを読者にしている。そして今世紀中頃には日本人はもっとサル的(?)になっているのではないかと結んでいる。

レビュー投稿日
2015年7月5日
本棚登録日
2015年7月5日
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