超解読! はじめてのヘーゲル『精神現象学』 (講談社現代新書)

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レビュー : 22
著者 :
takumi2017さん  未設定  読み終わった 

2017.9.13
主と奴の部分の承認をめぐる闘争、ストア主義、スケプシス主義、不幸の意識などはまさにという感じで、誰もが経験を覚える部分だろう。私は社会にあまり関心がないので、この本の人間学的部分にのみ焦点を合わせて読んだが、この自己意識の章と、そして良心の章はもうかなり感動した。行動する良心と批判する良心の違いはそのまま実存的視点と俯瞰的視点の違いであり、これもまたどちらも、経験の覚えのあるものである。両者の和解の先にあるものは、『ヘーゲル 大人のなり方』のレビューに書く。
私は自由を求める、つまり自分の欲したように生きたいと欲する。他者も同様である。ここで対立が起こる。この対立が、相互承認の契機となる。相互に相互の自由を承認し合うことで、互いが最も自由に生きられるからである。さらにこの過程を経て人間は、「私」と「みんな」が折り合う地点を探る。それは私の欲望でありかつ、みんなの欲望でもあるという、個別的欲望と普遍的欲望の一致する点に、大きな価値を見出す。道徳は、普遍的欲望は持つが、そのために個別的欲望をないがしろにしている、自己否定的な人間であり、故に徳福の不一致が問題になる。こうして個別と普遍が一致した状態を、良心と呼んでいるのではないかと解釈する。
しかしその良心を持つ人間においても、その個別的普遍的欲望=価値を直感的に把握し行動する良心と、それを批判する良心が現れる。良心は個別と普遍の一致であり、つまり外側から見れば、それはお前のエゴイズムだと言い得る。そして行動する良心は自らに対する無批判から、それに許しをこう。行動する良心の欠点は、自らの持つ普遍性を無批判に行動に移し実現しようとしたところにある。対して批判する良心にも非がある、なぜなら彼は自分が傷つかない場所から言いたい放題なだけで、自分を行動によって世界に開いていないからである(これは私である。痛み入る気持ちである)。つまり批判する良心の欠点は、自らの普遍性を現実に試すことなく周りを相対化するだけということである。
さて、両者の和解の先は?

レビュー投稿日
2017年9月21日
読了日
2017年9月13日
本棚登録日
2017年9月13日
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