蒼穹の昴(4) (講談社文庫)

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本棚登録 : 3265
レビュー : 295
著者 :
なつみんさん  未設定  読み終わった 

「同志」という言葉は60年代に「言葉狩り」の対象になるんですよ。文化大革命の頃。同志って言葉を使うことでこいつ、共産党員じゃね?社会主義の中国において、ブルジョワっていうあってはならない階級にいるんじゃね?と疑われたわけです。だから、敬称が「先生」になった。中国語の「先生」は医者や教師や政治家を指す言葉じゃなくて、目上の人への「○○さん」なわけですね。(偉そうに書いて違ってたらどうしよう)

毛沢東は1966年から1976年にそのまっただ中にいることになるわけですけれども、その中での功績とか罪過はとりあえず置いておいてですね。(っていうかよくわからないから)
それを教えたのが王逸だという物語の設定がね、とても良いと思います。

以下、本文引用。
「おまえは学問をして、偉い人間になれ。何もできずに死んでいった子供らや、兵隊たちの分まで頑張れ。俺は死ぬまでおまえのそばを離れない。俺の持っているものを、全部おまえにあげよう」
「全部って……おじさん、何も持ってないじゃないか」
王逸は歩きながら、少年の掌を額に導き、弊衣の胸に置いた。
「ここと、ここに、たくさん詰まっている。俺と一緒に、頑張ってくれるかね、毛同志」
「同志?」
「そう。ともに学び、ともに戦おう。俺たちは、同志だ」
王逸は少年を高々と肩車にかかげ、山の端の翳りを踏みこえて、ふしぎな紅色の光の中に歩み入った。
引用終わり。

かっこいい。王逸、めっちゃかっこいい。
あと、紅色の光の中、って浅田次郎さん、良い表現するなぁと思う。中華人民共和国の色。未来の色。

そして、その同志という言葉を梁文秀が光緒帝の手紙におそらくほぼ同時期に使っているのがもっと良い。
2人が、王逸が「どうしてもかなわない男」といった梁文秀とその王逸が、知らずに同じ言葉で、中国の歴史に残る人物2人に「同志」と呼びかける設定、めちゃくちゃ良いじゃないですか。
手紙をもみしだきながら慟哭し、梁文秀は譚嗣同を同志と呼ぶ。それも素敵。国も境遇も生死さえもばらばらに、別々になったのに、彼らは同志なのです。すごい。かっこ良すぎる。

「同志」―志同じ者、この言葉が非難の対象となった時代のことはよくわかりませんが、たった2文字に疑心暗鬼になるなんてちゃんちゃらおかしいと思うんです。
浅田次郎さんのことを思うのはおこがましいの極みですが、言葉を紡ぎだす人として、「蒼穹の昴」最後に同志という言葉を使ったのではないかと思います。

なんか、書きすぎたな。
あと、解説を書いている陳舜臣さんの姪の授業を受けられるというのも幸せですね、単位ください。

レビュー投稿日
2014年12月7日
読了日
2014年12月4日
本棚登録日
2014年12月2日
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